日本で6勝 テレサ・ルーの素顔をご存知ですか?
今年の「リゾートトラストレディス」の大会ポスターに、ディフェンディングチャンピオンのテレサ・ルー(台湾)の写真は載っていなかった。まだ、彼女の存在感が日本のファンを強く引きつけるレベルとは言えないからだろうか。そのルーが、会場を関西ゴルフ倶楽部(兵庫)からメイプルポイントGC(山梨)へ移して行われた今年も、見事に大会連覇を成し遂げた。
かくいう筆者も、まだルーの切れ目のないストーリーを書くことはままならない。いつも笑顔で気安く質問に答えてくれて、日本語も実に流ちょう。「全然ダメ(笑)。もっと頑張って勉強したい」と照れるが、漢字もひらがなもカタカナも読みこなす。取っつきやすい存在だが、反面、流ちょうな言葉と謙虚さ、そして笑顔の力のダメ押しで、はぐらかされているような印象もある。
アマチュア時代には台湾ナショナルチームの一員として活躍し、プロ転向した2005年、18歳で米国女子ツアーのQTを受験した。06年は準シードで参戦し、07~10年の4年間は賞金シードを獲得した。同ツアーでの最高位は、08年「ギンオープン」の3位だった。(*18ホールに短縮され、公式記録から除外されている07年「NWアーカンソークラシック」は2位)
日本ツアーは09年のQTで7位に入り、翌10年は米ツアーとの掛け持ち参戦。13試合に出場して賞金ランク59位で終えると、同年末に再び日本ツアーのQTを突破。11年は、米ツアーのシード権を返上して日本ツアー専念を選択した。
本名は盧暁晴(Lu Hsiao-ching)だが、米ツアー参戦時に米国人が発音しやすいように“テレサ・ルー”に改めた。「メリー、テレサ、ジェニー…、そういう中から適当に選んだだけ」と、また笑った。
後付けではあっても、名はやがて体を表すようになる。今年1月に、母国の台湾で呼吸器障害の患者たちに対するチャリティイベントを行ったルーは、「その時に強く心を打たれた」という。
「私自身、日本を主戦場としている今、なにか日本に恩返しをすることはできないかと思った」。連覇した「リゾートトラストレディス」の前週土曜日には、東京都多摩市にある重症心身障害児施設「島田療育センター」を訪問。施設利用者たちと交流して500万円を寄付し、“マザー・テレサ”の大役を果たしてきた。
今年から帯同トレーナーを務める栗原雅子さんも、そんなルーの優しさを知る1人だ。5月初旬の「サイバーエージェント レディス」は、千葉市にあるルーの自宅からの通勤だった。「毎日、家に戻るとテレサがご飯を作ってくれるんです。それも片付けをしながらチャッチャとやる。鶏肉とジャガイモなんかを炒めた料理が特においしくて、次の日もリクエストをしたんですよ」。現在27歳。1人の女性として手料理もお手のものだ。
その一方で、「ゴルフは結構大ざっぱ」と証言するのは、日本ツアー専念となった11年からキャディを務める東勝年(ひがし・かつとし)さんだ。「クラブでの球の拾い方が上手くて、飛んで曲がらないショットが強み」だが、試合の準備やコースマネジメントに関しては、「練習ラウンドも9ホールだけだったり…」と、料理同様にチャッチャと手際よく済ませがちという。「それで、初優勝まで時間が掛かったんだと思う」。
プロ初年度の06年から13年「ミズノクラシック」まで、日米通じた初優勝には8年かかったが、その後は14年に3勝、今季もすでに2勝を挙げて賞金ランキング2位につける。「周りは賞金女王とか言うけど、テレサは本当に自分に出来ることを1つ1つやっているだけなんです」。東さんの言葉は、ルー本人が語る言葉と同じだった。
大会ポスターにディフェンディングチャンピオンである自分の写真がなくっても「みんな、自分の国の選手が大事でしょ。全然、気にしないよ(笑)」とルー。優勝会見を終えてクラブハウスを出ると、サインを待つファンが20人ほど並んでいた。まだまだその列は長くない。「応援してくれるファンは、ありがたいね」。トレードマークのあの笑顔でそう語った。(山梨県上野原市/今岡涼太)
■ 今岡涼太(いまおかりょうた) プロフィール
1973年生まれ、射手座、O型。スポーツポータルサイトを運営していたIT会社勤務時代の05年からゴルフ取材を開始。06年6月にGDOへ転職。以来、国内男女、海外ツアーなどを広く取材。アマチュア視点を忘れないよう自身のプレーはほどほどに。目標は最年長エイジシュート。。ツイッター: @rimaoka