「来ちゃいました」 宮里優作の“大ファン”はその夜、新幹線に飛び乗った
◇国内男子◇Sansan KBCオーガスタ 3日目(26日)◇芥屋GC(福岡)◇7216yd(パー72)◇晴れ(観衆6071人)
「まさか僕がここに来るとは思っていなかったでしょう。オレだって思ってなかった」。ムービングデーのベストスコア「65」をマークして、インタビューエリアで笑った宮里優作。ロープサイドには、本人だって予想できなかった好スコアをずっと信じていた人がいた。
蒸し暑い福岡のコースを、ブリヂストンの日傘を差してロープサイドを歩いていたのは、長女の莱杏(らん)さん。14歳の中学3年生は昨晩、自宅のある名古屋からひとり新幹線に乗り、午後11時近くに博多にやって来た。これまで母や弟と一緒に観戦したことはあったが、ひとりでの来場は初めて。「観たすぎて、来ちゃいました。良いスコアが出ると思って? ハイ、そんな気がして」と応援に駆け付けた。
2013年12月、おばの宮里藍さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんもみんな、顔をくしゃくしゃにして涙した「日本シリーズJTカップ」当時、まだ4歳だった。記憶は脳裏にうっすら残っている程度でも「優勝スピーチはあとで(映像で)見て、覚えちゃいました」と言うほどの“優作ファン”。
愛娘の一人旅を大歓迎した宮里は、「『予選を通過したらおいで』って言っていた。夏休みの宿題も終わらせてきたらしいから。最近の子はアクティブだよ」と目を細める。2年ぶりの最終日最終組に気合が入るのは言うまでもない。「力になる? もちろん。それが一番でしょう」
宮里ら首位に1打差の13アンダー4位につけた永野竜太郎の第一子、こちらも女の子の唄(うた)ちゃんは1歳半になった。よちよち歩きのスピードも速くなってきた愛娘をホールアウト後に抱き上げて、「奥さん似でしょう?」とメロメロ。20位に入った6月の海外メジャー「全米オープン」でも一緒にロサンゼルスに飛んだ。
子どもを持ったことでプレーヤーとしての意識に変化はまだないという。ただ、「(パパが)プロゴルファーってことを分かるまでは頑張りたい。その頃に米国に行けたらいいな」と、ずっと描いてきた将来像は少しだけ違うものになった。ベテランならではのパワーの源は、いまツアーを牽引する若手にはないものだ。(福岡県糸島市/桂川洋一)
■ 桂川洋一(かつらがわよういち) プロフィール
1980年生まれ。生まれは岐阜。育ちは兵庫、東京、千葉。2011年にスポーツ新聞社を経てGDO入社。ふくらはぎが太いのは自慢でもなんでもないコンプレックス。出張の毎日ながら旅行用の歯磨き粉を最後まで使った試しがない。ツイッター: @yktrgw