ややこしい北アイルランドの優しいゴルフ事情 マキロイを生んだ里
失礼な言い方だが、北アイルランドという地域は少々ややこしい。アイリッシュ湾を挟んだ東のグレートブリテン島にあるイングランド、スコットランド、ウェールズとともに英国(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)を構成する。一方で、宗教紛争を元に分断された隣国のアイルランドとの結びつきも強く、ラグビーや五輪ではアイルランド代表に属す。90年の歴史を持つ欧州ツアー「アイリッシュオープン」も今年、2年ぶりに北アイルランドで行われた。
最近は英国のEU離脱問題で揺れ、スコットランドなどと同様、独立への動きもある。人口約181万人は日本の約77分の1。面積は1万4000平方キロメートルに満たず、福島県ほどの広さに過ぎない。ただ、この小さな一画から4人のメジャー王者(フレッド・デイリー、グレーム・マクドウェル、ロリー・マキロイ、ダレン・クラーク)が誕生したのは事実である。
隣国アイルランドの首都ダブリンから、北アイルランドの首都ベルファストまでは車で約2時間(今大会が開催されたポートスチュワートGCはさらに北西へ1時間)。20年ほど前まで緊張状態にあった国境に現在検問はないが、アイルランドは制限速度の標識がキロ表示で通貨はユーロなのに対し、北アイルランドはマイル表示に英ポンドと、やっぱりややこしい。
それはさておき、メジャー通算4勝のスーパースター、マキロイの故郷はベルファストの東の郊外、ハリウッドという町である。天才少年として幼いころから注目された彼が育ったハリウッドGCは海に近く、驚くほどひっそりとした佇まいのコースだった。
同クラブはおよそ100年前に9ホールで開場した。現在の18ホールの総距離もバックティで6056ydと短く、とてもツアーは開催できない。ただ、奥に下る傾斜を持ったグリーンや、大小のバンカーが配置され、風が吹けば実に難しくなりそうだ。英国では、クラブハウス内でのジャケット着用やゴルフシューズ禁止のしきたりが定められた伝統的なゴルフ場も多いが、ハリウッドGCはジーパンなどカジュアルな服装も認めている。
このマキロイの“ホームコース”は、かねて子どもたちに広く門戸を開いてきた。10歳になるまでは大人の同伴が必要だが、ジュニアたちは決められた時間帯でプレーすることができる。午後9時までにはコースを出て、家に帰りなさいというのがルールだ。プレーフィも優しい。18ホールを回るのに大人は平日ビジター30ポンド、メンバー同伴なら16ポンド。18歳未満のジュニアは10ポンドで、つまり約1460円。9ホールなら半額だ。
当地を訪れた日は、ちょうど朝からジュニア向けのスクールが開催されていた。石造りの簡素なクラブハウスやショップの中は子どもであふれていた。大人が運転する車から降り、雨の中を意気揚々とバッグを担いで歩く小学生。親御さんはコースに子どもを預けて、とっとと家に帰る。日本で言えば、スイミングスクールに子どもを通わせるような感覚だろうか。確かに北アイルランドには体系化されたジュニア育成のプログラムもあるが、それ以上にゴルフが家族の間で日常化している様子がうかがえた。
幼い頃のマキロイにゴルフを教えた父・ゲリーさんも、当地で腕を磨いたトップクラスのアマチュアゴルファーだった。2歳でプラスチッククラブを与えられたロリーは、天才少年として早くから注目され、スター街道を歩いた。
ただし、彼は幼い頃から特別な品々を与えられたり、高度な教育を受けたりして育ったわけではない。「ロリーの家庭は金銭的に必ずしも裕福だったとは思いません」というのは、「アイリッシュオープン」が行われたポールスチュアートGCから歩いて3分の場所に住むアンジェラさん。彼女は20数年前、ゲリーさんと一緒に働いていた人物だ。場所はハリウッドのレストラン。「彼のお父さんはバーマンとして、同じオーナーが経営する2つのレストランを昼、夜と掛け持ちしていました」という。「ただね…お店の脇でパターの練習をよくしていたわ」とほほ笑んだ。
「北アイルランド」という字面は寒冷な気候を想像させるが、北海岸はスコットランドのセントアンドリュースよりも南にある。海沿いに雪が降るのは、年間でクリスマスシーズン後の2週間ほどだという。確かに夏場も気温20℃以下の日が多いが、ポートスチュワートGCにいたボランティアの紳士は「私たちは1年のうち、52週間ゴルフをプレーできるんだ。ただ、寒いときはグリーンが凍ってしまうから、小さいグリーンの方がここには適しているんだ」と話した。
マキロイの先輩、2010年「全米オープン」覇者のマクドウェルのホームコースは、ポートスチュワートから約15分の海岸線にあるラスモアGCである(ちなみに2019年の「全英オープン」は、その隣のロイヤルポートラッシュで開催予定)。平屋建ての質素なクラブハウスの中には、全米オープンの優勝カップがあり、メンバー専用のバーはカジュアルな服装でハイネケンビールを飲む人々と、笑いであふれていた。このコースもフェスキュー芝が両サイドに生い茂り、その向こうにはもちろん海がある。
北アイルランドには約90のコースがあるというが、その中には18ホールないものもある。海岸線を車で走ると、レストランと住宅の間のなんということはない敷地に、よく見るとティグラウンドとグリーンがあったりする。簡素なバンカーも見つけることができ、その先には広大な田舎の敷地が広がっている。
松山英樹はこう言った。「河川敷みたいな感じのコースがいっぱいあるのって、良いですよね…。良くないですか?Tシャツ、短パンみたいな恰好で気軽にゴルフをやるのって」。そうなのだ。それだって、ゴルフのはずなのだ。
マキロイを生んだ里には、老若男女が日常的にゴルフに寄り添う環境があった。ここから4人のメジャーチャンピオンが生まれた事実も、それほど不思議なこととは思えなくなった。(北アイルランド・ハリウッド/桂川洋一)
■ 桂川洋一(かつらがわよういち) プロフィール
1980年生まれ。生まれは岐阜。育ちは兵庫、東京、千葉。2011年にスポーツ新聞社を経てGDO入社。ふくらはぎが太いのは自慢でもなんでもないコンプレックス。出張の毎日ながら旅行用の歯磨き粉を最後まで使った試しがない。ツイッター: @yktrgw