初めてのインドツアー(1)/コルカタ入りからプロアマ編
◇インドツアー◇マクラウド・ラッセル ツアー選手権◇ロイヤルカルカッタGC(インド)◇7237yd(パー72)
一足先にインドのコルカタ入りしていた川村昌弘からテキストメッセージが届いたのは、筆者が日本を発つ前日のことだった。「ひとつお願いができました!マスクを買ってきてもらえますか^^; 過去最強の埃です…笑」。おいおい…と驚きながらも、武者震いのようにテンションが上がったのは、悲しい旅人の性だろうか。
インド国内ツアーの最終戦「マクラウド・ラッセル ツアー選手権」(12月21日開幕)は優勝賞金225万ルピー(約400万円)をかけてロイヤルカルカッタGCで行われた。同クラブは英国外で最古となる1829年に設立され、現在の18ホールは105年前の1912年に開場。成田空港へ向かう途上、プロアマ出場もOKになったという連絡がきた。以前から主催者に打診はしていたが、前日までなしのつぶてだったのでゴルフ道具は持ってきていない。だが、この程度で動揺していては、そもそもインドになんて行けないのだ。
火曜日深夜にコルカタ着。翌朝7時にコースに入った。話はそれるが、かつてこの地は“カルカッタ”と呼ばれていたが、2001年にベンガル語の“コルカタ”へと名称が変更された。だが、地名は地名。クラブ名はそのまま、“ロイヤルカルカッタ”として残っている。
インドツアーの関係者たちは皆親切だった。すでに話は通っていて、メディア担当のスタッフが取材パスをくれ、そのままキャディとレンタルクラブの手配もしてくれた。ホスピタリティエリアでは、朝食も昼食も、マサラティもアルコールも飲み放題。手袋しか持ってきていなかったが、コース到着からスタートまでの1時間で、一式すべて揃った。
プロアマ戦はアマチュア3人に対してプロが1人。あとで判明したフォーマットは、毎ホールではなく1ラウンドで、プロと、アマチュアのハンデ込み上位2人のスコアを足してチームスコアにするというもの。どうりでみんな懸命に毎ホール、カップインまでプレーしていたのか…。
一緒に回ることになったのは、インドツアーを戦うモハンマド・サンジュ(35歳)という選手だった。プロ12年目で、今年のインドツアーの賞金ランク36位(賞金シードは上位60人)。英語はカタコトだが、はにかんだような笑顔が印象的な優しい男だ。
コースには樹齢100年を超える巨木がいたるところにそびえ立ち、いまは水の涸れた深い池(雨期には水でいっぱいになる)が、突然落とし穴のように顔を出す。キャディが、“Tank(タンク)”という言葉を連呼していて、最初は給水塔かなにかかと思っていたが、辞書で調べるとインドでは池や貯水池のことを“タンク”と呼ぶのだと知った。
ラフはティフトン芝のようにスポリと埋まり、グリーンは硬く、それを取り囲むバンカーは深い。距離も白ティでたっぷり6803yd(大会では7237yd)ある。長い時間に磨き上げられたコースは、飛距離という一要素だけではない。ティショットの正確性やアイアンの精度、ショートゲームのバリエーションやコースマネジメントといった総合力が問われる懐の深さを持っていた。
途中、チームスコアをけん引する存在だった同伴アマの1人が目眩(めまい)を訴えて、上がり3ホールのプレーをやめてしまった。埃や暑さは問題とは思わなかったが、結果的に我々チームの戦闘力はガタ落ちとなってしまった(力になれず申し訳ない)。
アテストでは、テーブルに座ったインドツアーのスタッフが、横1人分(18ホール)を約2秒、チームスコアまで約10秒であっという間に暗算したのには目を見張った。インド人恐るべし…。
キャディフィは800ルピー(約1417円)。コースのヘッドプロから借りたレンタルクラブは600ルピー(約1063円)。中古のゴルフボール2スリーブ(6個)で300ルピー(約531円)。計1700ルピーを払ったあと、チップを欲しがるキャディに、参加賞でもらったオークリーのサングラスをあげると満面の笑みだった。
渇いた喉をウォッカのオン・ザ・ロックで潤した。遠くから聞こえてくるのは、車の警笛と自転車のチリンチリンというベルの音。家路を急ぐ鳥たちの鳴き声と、なにやら叫ぶ人々の声。ほどよい疲労が心地よかった。(インド・コルカタ/今岡涼太)
■ 今岡涼太(いまおかりょうた) プロフィール
1973年生まれ、射手座、O型。スポーツポータルサイトを運営していたIT会社勤務時代の05年からゴルフ取材を開始。06年6月にGDOへ転職。以来、国内男女、海外ツアーなどを広く取材。アマチュア視点を忘れないよう自身のプレーはほどほどに。目標は最年長エイジシュート。。ツイッター: @rimaoka