上杉隆のヨーロピアンツアー“プロアマ”潜入記～第2回～

私のキャディは「エル」というベルベル人の男だった。年齢は聞かなかった。おそらく50代半ばだろう。コースに着いてから彼に出会うまでに一時間以上かかっている。驚くほどやる気のない雰囲気を醸し出していたが、実際、彼はあまりやる気のあるキャディとは言い難かった。

「タカシ、お前のゴルフバッグは重すぎるよ。こんな重いバッグは担いだことがない。クラブを2、3本抜いていっていいか」果たして、こんな男と一緒に私は、モリナリや欧州のトップアマたちと戦わなければならないのか？「ヨーロッパの連中をやっつけようぜ！ タカシ！ 日本人！ 俺の先祖も日本人なんだよ！」

テレビカメラも入り、いよいよスターティングホールのティオフである。宮殿の中とあって警備は厳しい。モリナリを写そうと、デジタルカメラのスイッチを入れただけで注意された。そういえば、コースに入るまでにはいくつもの検問があり、城壁（コースは城壁内にある）に沿って自動小銃を携えた警備員が配置されている。これがプロ＝アマなのか。すでにトーナメントが始まっているかのような雰囲気だ。

「レディス & ジェントルマン……」

モリナリが紹介され、ギャラリーから拍手が湧く。静粛の中、モリナリのドライバーショットが木立に反響し、緊迫した空気がさらに硬くなった。ところが「エル」だけはそんな空気はお構いなしだ。「なぁ、タカシ。俺の曾祖母さんの、曾祖母さんの、曾祖母さんの、曾祖母さんの、お母さんが日本人なんだって。16世紀だ、いや17世紀だ。本当だって！」

モリナリの次は私の番である。あいにく、私はベルベル人の家系図ではなく、このパー5がどのような設計図になっているかにしか興味がなかった。一方でキャディのエルの方は私のティショットに対して関心がないようだった。エルは、ドライバーを私に渡しながら「左の木の右に打て」と言ったきり、姿を消してしまった。

「いったいなんなんだ？」私は唯一の戦友であるはずのキャディに不信感を持ちつつも、言われた通りに打った。素晴らしいショットだった。モリナリ（伊）と次に打ったロスチャイルド（仏）のボールにほとんど並ぶほどのドライブを放ったのだった。ただし、モリナリは試合用のティマークから（私たちのティから50ヤード後方）、またロスチャイルドさん（ルシャノワーヌ氏）は5番ウッドでのショットだったことはここではこれ以上、詳しく触れない。

さらにもうひとり、ドイツのスタルケさんは私のはるか先30ヤードでアイアンを持って次のショットを待っていた。なんという男たちだ。さすがヨーロピアンツアーの歴戦の強者たちである（ふたりはアマだが）。

屈辱の中、日本代表の私は、この短いパー5のセカンドショットを池の前にレイアップすることに決め、「エル」に5番アイアンを求めた。

「あれ？」私の横に居たのはロスチャイルドさんのキャディだった。エルはどこにもいない。ティグラウンドの方を振り返ると、なんと、まだそこで後ろの組のキャディと話しこんでいたのだ。

大声で「エル」を呼ぶ。2打目を放つ。プッシュアウトしてフェアウェイ右サイドの粘り気のあるラフの中にボールは沈んでしまった。モリナリは2オンしている。他の2人のアマもグリーン近くからの3打目を打つためずいぶん先の方で待機している。私だけが100メートル（約110ヤード）も残している。ピッチングウェッジだろうか、ピンをにらみつけながら、私はカップ横にボールが落ちるイメージを膨らませ、「エル」の方に手を伸ばして「ピッチングを」と声を掛けた。しかし、私の手のひらには見事に何の感触もない。みればまたもやエルの姿はない。

今度はどこだ？すでにグリーンの近くでロスチャイルドのキャディと話し込んでいた。私から彼の元に歩いていき、ピッチングウェッジを要求する。すると、彼は首を振って「50度」を渡すのだった。うーん。私は困難な戦友に直面したことを悟った。だがそれもゴルフだ。私は「郷に入れば郷に」の諺通り、ベルベル人のキャディを信じて、その「50度」で適当にラフを振りぬいたのだった。

サハラ砂漠の大きな風紋のようなグリーンに落ちたボールが、マウンドを超えてピンに近づくのが見えた。その瞬間、パターを持ってグリーンサイドに立っていたモリナリが「すごい！」と叫んだ。ピン横2メートル。エルが「ほら！」という誇らしげな顔で私を見る。私は「ありがとう」とお礼を言った。

左に切れる下りのパットが残っている。どうやらエルはバーディには関心がないようだった。もう次のホールに向かって歩き始めている。代わりにラインを読んでくれたのはモリナリであった。感慨深い。私はなにか恍惚とした時間の中に自分自身がいることに気付くのだった。あのモリナリが、あの欧州人初の全米アマチャンプが、私のためだけにラインを読んでくれているのだ。

感じたこととのない愉悦の中、私は、モリナリの指したカップ右2センチのところに、「日の丸」の刻まれたボールを静かに転がした。

バーディ発進！

吸い込まれたボールをモリナリが拾う。さすが元同盟国のイタリア人選手である。私はこの瞬間、極めて当然ではあるが、プロ＝アマの同伴者は敵ではなく、仲間であることを改めて認識したのであった。こうして日・独・伊・仏の4国同盟チームは上々のスタートを切ったのだった。（上杉隆）