第147回「全英オープン」について知っておくべき5つのこと
今週はカーヌスティGLで第147回「全英オープン」が開催される。ここに、今年のメジャー第3戦で知っておくべき5つの事柄をお知らせしよう。
メジャーを席巻する米国勢
この1年間で、米国出身選手たちがメジャー全4タイトルを独占している。ジョーダン・スピースによる昨年ロイヤルバークデールでの「全英オープン」制覇から、ジャスティン・トーマスによる「全米プロゴルフ選手権」制覇に続き、今年はパトリック・リードが4月の「マスターズ」、ブルックス・ケプカが6月の「全米オープン」連覇を果たしたことで、米国勢によるメジャータイトル独占が完遂した。この米国勢による一連のメジャー制覇は、昨年の「全米オープン」で、かつての欧州下部ツアー卒業生であるケプカが優勝したことから始まった。
ロリー・マキロイのメジャーデビューの地
ロリー・マキロイはカーヌスティで開催された2007年の「全英オープン」でメジャーデビューを果たした。アマチュアとして出場したマキロイは、4日間を「68」「76」「73」「72」でプレーし、アマ最上位に贈られるシルバーメダルを獲得した。当時18歳だったマキロイは、メジャーデビューの初日をヘンリック・ステンソンとミゲル・アンヘル・ヒメネスと同組でプレーし、初日唯一のノーボギー発進を遂げて3位タイにつけた。
アマチュアとして唯一予選通過を果たしたことで、2日目終了時にシルバーメダルを確定させたマキロイは、通算5オーバーの42位タイで大会を終えた。同年プロに転向した北アイルランド出身のマキロイは、その後、2014年にロイヤルリバプールGCで開催された「全英オープン」を含むメジャー4勝を成し遂げた。
アイルランド人に吹いた幸運の風
カーヌスティで最後に開催された「全英オープン」は、パドレイグ・ハリントンがプレーオフの末にセルヒオ・ガルシアを下し、その後大会連覇を果たすことで、より記憶に残る大会となった。スペインのガルシアが初めの3日間を「65」「71」「68」として首位で最終日を迎えたのに対し、ハリントンは「ライダーカップ」のチームメイトを6打差で追う状況で最終日を出た。
しかしながら、ハリントンが「67」をマークしてプレッシャーをかけると、最終ホールでボギーを叩いたガルシアが「73」としたことでプレーオフへもつれ込んだ。4ホールで行われたプレーオフは、1ホール目でハリントンがバーディを奪ったのに対し、ガルシアはボギー発進となった。結局ガルシアはこの2打差を覆すことができず、ハリントンは最終ホールをボギーとしながらも大会を制覇した。
プレーオフの歴史
過去にカーヌスティで開催された7回の「全英オープン」のうち3回は、プレーオフで勝者が決した。このスコットランドのコースで最初にプレーオフが行われたのは1975年のことで、このときはトム・ワトソンと豪州のジャック・ニュートンの勝負となった。米国のワトソンは最終日を「72」で回り(ニュートンは「74」だった)、当時の大会フォーマットだった翌日に18ホールで行われるプレーオフに勝負を持ち込んだ。月曜決戦では、1アンダーで回ったリンクスのレジェンドであるワトソンがイーブンパーだったニュートンを下し、接戦をものにした。
2度目のプレーオフは、ゴルフ史に残る出来事となった。それは1999年のことで、スコットランドのポール・ローリーは首位と10打差で最終日をスタート。しかし、その後、驚愕の結末が待っていた。ローリーが最終日に「67」をマークすると、72ホール目を3打差の首位で迎えたフランスのジャン・バンデベルデは、ティショットでドライバーを握ると、その後は靴を脱いで川に入ったり、罰打でドロップしたり、さらに3メートルのトリプルボギーパットをねじ込んだりと、ジェットコースターのようなプレーで最終ホールを回り、この日のスコアを「77」としたことで勝負はプレーオフへもつれ込んだ。4ホールで行われたプレーオフには、この2人の他に米国のジャスティン・レナードも加わり、レナードとバンデベルデが4ホールを3オーバーとしたのに対し、ローリーはイーブンパーで回って栄冠に輝いた。直近のプレーオフは、ハリントンがガルシアに競り勝った前述の対決である。
1にロケーション、2にロケーション、3、4がなくて5にロケーション
カーヌスティは「全英オープン」開催コースの最北端となっている。スコットランドのアンガスに位置し、東海岸のダンディーから19キロほどの場所にある。同コースで最初に「全英オープン」が開催されたのは1931年のことであり、今回は8回目の開催となる。これまでカーヌスティでは米国のトミー・アーマー、ベン・ホーガン、そしてトム・ワトソン、アイルランドのパドレイグ・ハリントン、南アフリカのゲーリー・プレーヤー、そしてスコットランドのポール・ローリーが王者になっており、優勝者の国籍は5カ国に上る。また同コースは、「全英オープン」開催コースでは、最も厳しく最も距離の長いコースとして知られる。史上最高のアマチュアゴルファーの一人であるサー・マイケル・ボナラックは、カーヌスティについて、「風が吹くと英国で最もタフなコースになる。風が吹いていなかったとしても、恐らく最もタフなコースだろう」と述べた。