2022年 マスターズ

「マスターズ」テレビ放送のお金にまつわる流儀/小林至博士のゴルフ余聞

2022/04/01 16:47
オーガスタナショナルGCのリーダーボード※写真は2021年大会(提供:Augusta National Golf Club)

フロリダ・スイング(フロリダ州での4連戦)が終わると、「マスターズ」がもうすぐそこだ。メジャーの中のメジャー、ゴルフの祭典として知られる大会は、外部と交信できる機器(スマホを含む)は一切持ち込み禁止など唯我独尊の流儀で知られているが、その中継形態も独特である。

スポーツイベントの放送権は、市場原理にのっとって取り引きされるのが通常だ。売り手(主催者)は最も高い権利料を得るべく、競りにかけ、最高額を提示した放送局が落札する。そしてその局は、放送に伴うCM販売や視聴料(NHKの受信料やケーブルテレビの加入料を想像すると分かりやすい)をもって、払った放送権料以上の利潤を得るべく奔走(ほんそう)する。

マスターズはそうではない。米国では4大ネットワークのひとつ、CBSが1957年以来、放送権を維持しているが、CBSは事実上、放送権料を支払っていない。その代わり、CBSは、映像の著作権から放送時間中のCMの販売権まで一切の権利を主催者であるマスターズ委員会に委ねる。そして大会終了後、中継に伴い生じた費用(CM枠の機会損失費用も含む)をCBSが請求し、同委員会が振り込むのである。

要するに主催者が放送枠を買い取っているわけで、こういう放送形態は通常、放送局が売り上げを見込めない(視聴率が期待できない)ときに起こる。平日の午前中や深夜のテレビショッピングが代表的な例だが、日本の男子ゴルフツアーも残念ながらこのカテゴリーのコンテンツで、大会スポンサーが番組枠を買い取ってテレビ放送を確保している。

マスターズが、そういう類の大会でないことは明らかだ。マスターズ委員会がCBSに払っている“放送枠買い取り料”は50億円ほどと推定されているが、マスターズの放映権をガチンコで入札させれば、「全米オープン」の放送権料が推定120億円であることなどから、200億円を上回ると言われている。

しかし、マスターズはそれをしない。放送枠買い取り料の推定50億円も、CBSから請求書が届いてから、長年のスポンサーであるAT&T、IBM、メルセデスの3社が等分負担をするのだという。この3社にしても、大した露出があるわけではない。中継時のCM時間は通常のスポーツイベントの1/4とわずかだし、場内に看板広告もない。公式ホームページを見ても、右端に白黒のリンクが小さく貼ってあるだけだ。

つまり、CBSも、スポンサーも、マスターズ委員会も利潤の機会を自ら放棄している。日本には、高校野球などアマチュアスポーツ団体にこういう世界はあるが、資本主義の総本山である米国らしくない。学生選手でも興行に伴う対価を得るのが当然と考えるお国柄である。オーガスタの会員になるのは世界の要人にとって最高の栄誉だと言われるが、上り詰め、俗世の煩悩と欲望から解放された人々が見る景色は、市井の人々とは違う、ということなのかもしれない。

そんな俗人の思考回路では理解できない流儀を貫く人々が運営し、俗人では逆立ちしてもマネできない技を会得した達人が競い合うマスターズ、わたしは今年も(テレビの前で)寝不足の4日間を過ごすことだろう。(小林至・桜美林大学教授)

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