2022年 AT&Tバイロン・ネルソン

実家はソウルの飲食店 イ・キョンフンは両親への感謝を忘れない

2022/05/13 13:28
イ・キョンフンは2021年にPGAツアー初優勝を飾った(Getty Images)

PGAツアーは今週、テキサス州で「AT&Tバイロン・ネルソン」を開催。前年大会で初優勝を飾ったイ・キョンフン(韓国)は、今週1カ月ぶりにツアーに復帰した松山英樹と同学年のプレーヤーだ。ツアーのオリジナルコラムは今回、Chuah Choo Chiang氏が日本ツアーでも優勝経験がある30歳の家族との知られざるエピソードについて記した。

■ナイキのウェアは買えなかった

イ・キョンフンは子どもの頃、タイガー・ウッズチェ・キョンジュ(韓国)に憧れた同世代の仲間たちとは違い、最新のクラブや、有名ブランドのウェアでプレーすることはなかった。彼のゴルフへの情熱と夢をバックアップするべく、お金を工面してくれたのはソウルで飲食店を経営していた父・サンムさんと母・ヒウォンホンさん。イはそうやって犠牲を払ってくれた両親への感謝の気持ちを持ち続けている。

前週の日曜日は母の日だった。米国での遠征ではサンムさんが長年、ドライバー兼付き人として帯同してくれている。今もほぼ一人で家業を回しているヒウォンホンさんには感謝してもしきれない。

30歳のイは今週、「AT&Tバイロン・ネルソン」でディフェンディングチャンピオンとしてティオフした。下部ツアーから這い上がり、前年悲願のPGAツアー初優勝を遂げたが、彼のアメリカンドリームに通ずる旅路はデコボコではないにせよ、長く、風当たりの強いものだった。

昨季のフェデックスカップを31位で終えたイは「母がいなければ僕たちはここまでやってこられなかった」と言う。「母はすべてのことに目を配り、大変な稼業もひとりでやってきてくれた。父と僕はいつも一緒だから幾分、気は楽なはずなんだ。だから、母はどれほど孤独で苦しかったかと思う。母の懸命な仕事ぶりを思うと、時々胸が痛んで仕方がない」

早朝に自宅を出て、夜遅くに帰る。食堂でそのままひとり眠る日もあった。そんな母の苦労をイが理解したのはずいぶん後のことだった。あまりに多忙な生活からゴルフに関する資金を工面してくれたからこそ、感謝の気持ちを忘れられるはずがない。

「振り返れば、両親は自分たちの苦労について口にしなかった。僕は好きなようにやってこられた。仲間の選手が新しいゴルフウェアを買ったとなれば、『僕も欲しい』と言った。(今思えば)未熟で、恥ずかしい。わかっていれば両親を困惑させることもなかったはずなんだ。母も父も大変な時期があったにもかかわらず、僕にはやりたいようにやらせてくれた」

ヒウォンホンさんは、自身と夫はシンプルに、他の家庭がやることと同じことをしたと話す。13歳でゴルフに熱中した息子にどんなチャンスも与えてやりたかった。「だれかがそばにいてくれたら、と思うこともありました。でも、飲食店の経営もキョンフンのためですから」

父は息子の米国での成功を誇りに思っている。それぞれ2勝を挙げた韓国や日本ツアーでの活躍もそうだ。場所を問わず、トレーニングキャンプや大会にも一緒に出向いてきた。「金銭的に難しい時期もありました。私たちはそう言わなかったけれど、キョンフンは分かっていたと思う。友人たちがナイキのウェアを着ていても、私は彼にノンブランドの服しか買ってやれなかった。それでも息子は何も文句を言わず、一生懸命練習していた。小さな男の子であれば、それを恥ずかしいと思ってもおかしくないのに」

■学生時代のコーチが感じた周りとは違う才能

はじめのうちは、両親は将来キョンフンがプロゴルファーになるとは想像していなかった。学生時代、彼は勉強が得意で体格も良く、他の分野でも優秀だった。そんな時、祖父がゴルフをやっていたこと、食堂の近くに練習場ができたことをきっかけに、イはゴルフに心を奪われた。

彼にゴルフを教え込んだのは地元のティーチングプロ、チョン・ヒュンサン氏である。彼はキョンフンに他の子どもたちと違うものを見出すようになった。「彼はまず、とてもおとなしい子で、果たしてスポーツに向いているのかは疑問でした。最初のうちは周りの子と変わらなかった。ただ、次第に他の子どもたちとは違う、真剣さが垣間見えるようになりました。集中力が高く、自分をうまくコントロールし、なんでも質問してくる。その才能を見て、お父さんに選手として育てることを提案しました」

「彼は練習に来ると、打席からちっとも離れなかった。ずっと練習している。『おい、キョンフン。練習が終わったら家に帰るんだよ』と言っても、『はい』と言って、そのままずっと打席にいたままで。コーチには好かれるタイプでしょうね。おとなしい性格のなかに、なにか別のモノを秘めている。ベルベットの手袋の中に、鉄の手を忍ばせているというか…」

チョン氏は、イがいつかチェ・キョンジュが遂げたPGAツアーでの8勝を上回ることができるとも考えている。「彼は長い時間にわたって、良いプレーができると思います。結婚もして子どももできた。プライベートも安定して、一生懸命であり続ける限りきっとまたチャンスが来る。優勝したことで負担を感じることなく気持ちよくプレーができる。10勝以上してもおかしくない」

イは転戦中、父と口論になった時のことを悔やみながら、彼の教えには幾度となく感謝してきた。「ずっと一緒にいるからケンカは絶えない。それを思うと申し訳ない。父はすべてのラウンドに、毎日付き添ってくれる。本当はそこまでする必要はないのに。体力的に大変でも、僕と同じスケジュールで動いてくれる。父は本をたくさん読んでいて、良い文章があるとそれをメモしてアドバイスしてくるんだ。何より、『(プロゴルファーは)自分が選んだ道なのだから、やめるまで決して投げ出すな』と」

イはPGAツアーでの4シーズンですでに560万ドル(約7億円)を稼いでいるが、父は息子がまだハングリーで、ゴルフでもっと成功したいと考えていると知っている。「お金はいつもギリギリだった。十分ではありませんでした。でもだからこそ、アスリートがハングリーであり続けることの精神を学んだ。私たちは自分たちの現状をキョンフンに見せてきましたが、経済的に厳しいとは伝えませんでした。彼は自然と何かを学んだのです」

「私たちはベストを尽くしてきた。彼への犠牲を払ってきた。だって私たちは彼の親なのですから」

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