<前編>予選落ちで「良かったじゃん!」 両親の教えと恩師との出会い
学んだのは「肉の焼き方」と「職人」の姿/“たたき上げエリート”大西魁斗の歩み<後編>
来季PGAツアーに初めて本格参戦する大西魁斗。今年は米下部コーンフェリーツアー2年目で初優勝を挙げるなど飛躍を遂げ、年間ポイントンランク25位で昇格を決めた。インタビュー後編では、2年間を過ごした下部ツアーの苦労と学びを振り返る。(取材・構成/谷口愛純)
食はエンジョイするものじゃない、お腹に入れるもの
下部ツアーの大変さを物語る上で、食事の話は欠かせない。特にシーズン序盤に続く南米の試合はつらかった。
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「衛生面が不安な場所だと、サラダや生ものは食べられない。大丈夫そうなパスタとかに偏るから栄養もなくて。食事をエンジョイするというより、とりあえずお腹に何か入れなきゃと思って食べていた」
2年目の今年2月、コロンビアで臨んだ初戦「アステカゴルフ選手権」で食中毒に。「大丈夫と思って飲んだ選手用の水と、ホテルで食べた卵が原因だと思います。ちょっとみずみずしかったから…。もう大変でトイレで寝るくらい。試合もギリギリの状態だったけど、そういう時の方が調子が良い」。23年は1度しかなかったトップ10、今年は初戦から8位に入った。
昨年は母・泉さんが帯同してくれたが、今季は一人で転戦。食事はホテルの簡素な朝食と、コースで用意される「パサパサのチキンと、たま~にサーモン」。夕食は生まれて初めて自炊した。
「人として成長した一年でした。試合前に買い出しに行って、ステーキを焼いて、ブロッコリーと日本から持って来たご飯のずっと同じメニュー。勉強になったのは、オリーブオイルで肉を焼いちゃダメってこと。フライパンが毎回焦げる。他の選手に聞いたら“あんな熱い温度でオリーブオイルを使ったらすぐ焦げる”って」
ラウンド中、肉のおいしい焼き方を教えてくれたのは米ツアー2勝の37歳、カイル・スタンリー。
「料理が得意と言うから聞いてみたら、アボカドオイルが良いって教えてくれた」
そこから、アボカドオイルは転戦の必須アイテムだ。
下部のトップはPGAツアー選手と同等 痛感した選手の必死さ
下部にはスタンリーをはじめ、実績あるベテランクラスや実力を秘めた若手がごろごろいる。
「選手の間で話すのは、PGAツアーのトップ50の強さは明確だけど、フィールド150人前後のうち真ん中より下だと、たぶんコーンフェリーの上の選手の方がうまい」
現に大西の1学年上のマット・マッカーティは24年に下部3勝を挙げてシーズン途中でPGAツアーへ昇格、10月「ブラックデザート選手権」で初優勝を遂げた。実力者の中で揉まれて感じたのは、選手たちのストイックさだった。
「あまりスポンサーさんもいないし、家族を養わないといけない選手もたくさんいるからゴルフに向き合う気持ちが違う。練習もトレーニングも必死。試合中のウエートトレーニングで無理すると、疲れがたまってけがをする可能性もある。でも、みんなラウンド後にめちゃくちゃトレーニングするんです」
前は体力温存を優先して、試合中の練習やトレーニングは控えめだった。今はラウンド前後の1時間近くの練習はマスト。トレーニングや食事も見直して連戦に耐えられる体を作った。
「疲れた体で無理してもスイングが悪くなるだけだと思っていたけど、それが一つの難点だった。海外の選手は体も大きくて体力もある。自分はまだ足りないし、試合が続くと体が痩せて飛ばなくなる。そうなると無意識に振ろうとしてスイングが崩れていくので、体重維持とトレーニングは本当に大事」
「23年が終わった時は、マックスの76.5kgから69kgまで減っていた。今は74㎏をキープしていて、77kgくらいまで持って行けたら向こうでも戦えるのかなと思っています」
米国で通用するゴルフを身につけるために
技術面でも初年度から変化があった。米国で学んだのは、細かい技術の重要さ。
「例えば強いアゲンストで奥のピン、残り100ydなら、去年の僕は56度で打って10mショートしていた。向こうの選手はPWで手前から攻めて3mに寄せる。他にも右ピンならフェードを打ってグリーン真ん中から3、4mに毎回置くとか。そういう誤差で2打は変わる」
理想の球を打つために、再び内藤雄士コーチとスイングを見直した。
「ひとつはトップでシャフトクロスになっていたので、フラット(レイドオフ)気味にしたり。フラットを意識するとスイングプレーンに乗って体で打てる。そこからちょっと左を向くとフェードが出るし、ちょっと右を向けばドローも打てる。球筋も良くなって、弾道も打ち分けられるようになりました」
ショットの安定感が増した24年は、明らかに初年度とは違った。
「えー!これ、勝っちゃうじゃん!」
トップ10でスタートした2年目。転機は8試合目にやってきた。6月「UNCヘルス選手権」。最終日はトップと4打差4位で迎えた。
「めちゃくちゃ難しいコースで優勝なんて考えていなかった。ハーフターンの時点でもまだ2、3打後ろにいた。それが1位だった選手が11番でトリプルボギーを打って、ほかの選手も段々落ちてきて、17番グリーンで急にボクが3打リードしていたからびっくり。“えー!これ勝っちゃうじゃん!”って」
難しい18番は3Wでティショットを刻んで3オン2パットのボギーフィニッシュ。「66」で回って逆転優勝を飾った。「流れが良いからそのスコアで回れたけど、まだ目指すゴルフの内容ではないと思っています」。納得のプレーはまだ先にある。
それでも、優勝ディナーはちょっと高級なステーキハウスへ。「ボクはビーフのレアにちょっとアレルギーがあるみたいで…ウェルダンを頼んだら焦げて全然おいしくなかった」。ご馳走は、またお預けだ。
PGAツアー行きを決めた最終戦 「いつ吐いてもおかしくなかった」
年間ポイントランク30位までが来季PGAツアーに昇格できる。10月のシーズン最終戦「コーンフェリーツアー選手権」は28位で迎えた。
「ランキング順で組み合わせが決まるから、隣の選手は自分と同じポジションにいる。自分のゴルフもしなきゃと思うけど周りのゴルフも目に入る。でも今年で一番コースが難しいから気が抜けない。3日目までは緊張感もあまりなかったけど、最後はヤバかった」
16位で迎えた最終日は、ランキング前後の選手が振るわず有利な立場で入ったはずだった。
「“80”をたたいても大丈夫なくらいの位置だったんですけど、後半は緊張感マックスで、いつ吐いてもおかしくないくらい。吐いても良いから、とりあえずボールだけ真っすぐ行ってくれ!って」
栄養ドリンクを流し込んで乗り切り13位。「やっと、呼吸ができた」。ランキング25位でPGAツアーへの切符をつかんだ。
達成したけど、“終わったな”って ここからがまた大変
最高の形でシーズンを終えたが、手放しで喜べたのは一瞬だった。
「決まったらもう “来年どうしよう、ここからどうゴルフをうまくするんだろう”って。達成した時はうれしいけど、“終わったな”という感覚。ゲームをクリアした時より、クリアする自分をイメージしていた時の方が、楽しかったりするんですよね」
PGAツアーで成功する自信は、正直まだ「何もない」。でも理想は明確にある。
「“職人だね”って言われたい。ゴルフにちゃんと向き合って、ずっと頑張ってきた人なんだと思われたい。コーンフェリーに行ったのもそのためです。米国に行きたい人は多いと思うけど、本当に行きたい人は1年目、2年目、3年目がダメでも、どれだけ経費が掛かっても絶対にそこを目指すんです。ボクはずっとPGAツアーに行きたいから、何があっても決めたことをやり切る人になる。結果がどうなっても、そういう人がステキだと思います」
コーンフェリーで見てきた選手もそう。目指す姿に近づくため、PGAツアーでの新シーズンへ気を引き締める。
「来年はもうバハマもコロンビアも行かなくていい。そこは“やったー!”と心の底から思います。PGAツアーはごはんも美味しいし、1年で一生分の朝ごはん、食べてきます」
来年はようやく、ご馳走にもありつけそうだ。