2019年 マスターズ

「オーガスタの“シリアス”な夜」Augusta, Georgia

2019/04/10 21:00
オーガスタ市街を流れるサバンナ川。昼時は格好の散歩道

「海外での怖い経験はありますか?」と聞かれることが多いので、今回はそんなお話。ほとんどないのだけど少しはあって、たとえば、あの「マスターズ」が開催される米国南部のジョージア州オーガスタでは、3年前にこんな経験をしたことがある。

(これは取材で世界を旅するゴルフ記者の道中記である)

それは、深夜にまで及んだ仕事を終えて宿舎に戻ろうとした日曜夜のこと。泊まっていたのは安いモーテルで、24時間営業のマクドナルドやダンキンドーナツが集まった一角にあり、普段は一泊50ドルくらい(ただ年に一度、一泊200ドルになる週があり、そのときに泊まっていた)の安宿だった。

宿の前にある広大な駐車場を横切っていると、横目にちらりと人の気配がした。その時はさして気にしなかったのだが、長屋のような宿の、自室前に車を停めて荷物を下ろしていると、遠くからさっきの男が、片足を引きずりながら小走りでこちらに近づいてくるのが見えた。内心ドキッとした。どこか違うところを目指していることを期待したが、すぐにあきらめざるを得なかった。

男はあきらかに自分を目指して近寄ってきていた。急いで部屋に入ることもできたが、部屋がどこかバレてしまう方が嫌だったので、扉の外で待ち受けることにした。

オーガスタナショナルの前を通るワシントンロードの夜景

息を切らしながら、その男は近寄ってきた。黒人のホームレスだった。男は自分が軍隊にいたこと、いまは辞めて仕事がないこと、お腹がとても空いていることなどをまくし立てた。これまで、こんなに積極的な物乞いには遭遇したことがない。ちょっと身の危険も感じたが、幸いすぐそばにファーストフード店がある。これだけあれば、ご飯は食べられるだろうと思って、ポケットから20ドル札を1枚出して男に渡した。

男は紙幣をじっと見つめてからこう言った。

「Seriously?」

本気か?ということだ。一瞬、意味がわからなかった。「本当にこんなにくれるのか?」なのか「本気でこれだけなのか?」がわからない。

男はまた慌ただしくしゃべりだし、シャツの両腕をまくって少しただれたような肌を見せながら「HIV」という単語を口にした…ように聞こえた。怖くなって、ポケットからさらに5ドル札を取り出して、男に渡した。

男は紙幣を凝視した。その反応を待つ時間の長かったこと――。

小奇麗な部屋だけど、この扉の向こうはすぐに外

顔を上げた男は、「God Bless You(神のご加護あれ)」と言って握手を求めてきた。ほっとした。男が背を向けて去っていくのを見送ってから、モーテルの部屋に入った。とはいえ、外とは薄い壁一枚でしか隔てられていない。身の安全を担保しようとするかのように「God Bless You」という言葉が、頭の中でリフレインを続けていた。(編集部/今岡涼太)

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