ツアープレーヤーたちのハプニング<ジーブ・ミルカ・シン>
昨年、日本ツアーで初優勝を含む2勝を挙げたばかりか、アジアンツアー賞金王。また欧州メジャーで初優勝をあげたインドのジーブ・ミルカ・シンは、世界5ツアーで合計39試合に出場。日本のプロ仲間からも「ジーブは超人」と賞賛を浴びるタフネスぶりで、まさに世界を股にかける活躍だっただけに、遭遇するハプニングも多かったようだ。
昨年、ジーブが8年ぶりの優勝を飾った欧州&アジア共催の「ボルボチャイナオープン」での出来事だった。最終日の11番ホールで次打地点に向かうと、確かにそこに落ちたと思われる場所にボールがない。慌てて捜索を開始すると、近くのギャラリーが一人の男性を指差して叫んだ。
「さっき、あいつがボールを拾っていたぞ!!」。
ジーブによると、中国では試合中のロストボールが多いそうだ。まだトーナメントの観戦に慣れていないためか、飛んできたボールを拾って持って帰ってしまうギャラリーがいるのだ。
今回はたまたま見ていた人がいて助かったが、そのあとの始末がさあ大変だった。元あったところにドロップしようと、ジーブがその男性に「どこらへんでボールを拾ったか」と聞くと、その答えが二転三転する。ボールを持ったままオロオロと「ここだったかな、いや、あそこだったか・・・」と、思案を始めてしまった。
さすがのジーブもだんだんイライラしてきたが、そんな素振りを出すと男性は余計にパニックに陥ってしまうだろう。とにかく、落ち着かせようと「大丈夫だから。ゆっくりと思い出して」と、声をかけたその時だった。視界の端っこから何か大きな物体が飛んできた、と思った瞬間、その男性があっという間に吹っ飛んで、傾斜を転がり落ちていったのだ。
ジーブが「大きな物体」と思ったのは実は、たまたま居合わせた他のギャラリーだった。
ボールを拾ってしまったばかりか、大事な優勝争いの場面でもモタモタしていることに怒りが頂点に達したらしく、その男性の背中めがけて派手な飛び蹴りを入れたのだ。
その勢いは尋常ではなく、蹴られた男性の背骨が一瞬グニャリ、と反り返ったほど。まるで、映画かアニメのワンシーンのようだったという。これにはジーブもびっくり仰天して、後々まで「あの人は背骨が折れなかっただろうか」と、男性の体の心配をしたそうである。
この一部始終は、テレビでもしっかりと放映された。画面の端から飛び出してきた人に、ジャンピングキックで蹴り倒された男性が、一瞬で画面の端へと消えていった光景は世界中に配信されて、各メディアが見出しとして大々的にうたったのが「カンフー・ジーブ」。男性の飛び蹴りが、あまりにも芸術的だったためそんな形容がついたようだが、ジーブには少々不満だった。
「だって、これじゃあまるで僕が蹴りを入れたみたいじゃない? 僕はそんなひどいことしないのに・・・」と、苦笑した。一見、こわもてだが、実は非常に心優しいジーブは、世間によからぬ誤解が生じることを嫌ったのかもしれない。
そんなジーブが今年は、インド人として初めてオーガスタに立つ。マスターズを皮切りに次々と世界舞台への活躍の場を広げていくジーブ。今年もまた、日本ツアーにどんな珍妙な土産バナシを持って帰ってきてくれるか、楽しみである。