ツアープレーヤーたちのしばしのお別れ<ドンファン>
韓国出身でシード選手のドンファンが今シーズンを一区切りに母国に帰り、成年男子の義務である兵役に就く。
本格参戦は2006年だった。前年のファイナルQTでランク58位につけて出場権を得たのを機に、日本でプロデビューした当初は「ありがとうございます」も、まともに言えなかった。しかし、異国の地での転戦は、まず語学力が鍵を握ることは言うまでもない。「もっと日本語が話せるようになりたい。みなさんとコミュニケーションが取りたい」。猛勉強の末に、今では微妙なニュアンスや感情表現も難なくこなすまでになった。
14歳上の先輩S.K.ホもかなり日本語が上手だが、「ドンファンは彼よりも上手いのでは」との声も多い。本人も「いやいや文法は先輩のほうが上」と一応は立てつつ「でも、発音は僕かな…」と、ひそかな自信をのぞかせる。
せっかく身につけた日本語もこれから2年間、日本ツアーを留守にする間に錆びついてしまわないか…。そんな周囲の心配にも本人は大きく首を横に振る。「向こうでも勉強を続けますから大丈夫です」ときっぱり言って、今から頭にあるという方法のひとつを報道陣の前で披露した。
それは毎日、朝イチから始めるつもりという。「まず自分に“おはよう”と必ず言います。そのあとの行動ひとつひとつを声に出して行うんです」。たとえば「ドンファンは今日も元気だから大丈夫だよ~。いま歯を磨いています。今日も良いお天気です。頑張って訓練してきます。では、行ってきま~す」と、こんな具合に…。
「日記を書くように独り言を喋って、日本語を忘れないよう努力します!」と、宣言して笑わせた。「赴任の前に何をしたい?」との質問には「のんびりと海が見たい」と答えるなり「それは誰と?」とすかさず突っ込みを入れた一人の記者に「・・・変な質問をする人がいます!」と、顔を真っ赤にさせたドンファン。
いつもニコニコと人の良い笑顔と楽しいお喋りで場を和ませてくれた男子ツアーの“癒し系”との、しばしの別れを惜しむ声は思いのほか多い。
今季のツアー最終戦「ゴルフ日本シリーズJTカップ」は、ドンファンが「アニキ」と慕う原口鉄也が、わざわざ会場に応援に駆けつけ18ホールをついて歩いた。大会3日目には本人がプレスルームにやってきて、せめてものお礼にとメッセージ入りのボールを報道陣に配って歩いた。律儀な様子に「ほんとうにアイツにはグっと来ちゃうよな」と、目頭を押さえたベテラン記者の方もいた。
そして最終日には、表彰式をかねた出場選手全員参加の閉会式。誰ともなく言い出した。「みんなで胴上げしようぜっ!」「えぇっ、いいですよ!」と、遠慮する本人の声もお構いなしに、軽々と持ち上げられ出場全選手の手で宙を舞った。
石川遼は、その翌日8日(月)に行われた部門別の表彰式で一緒に記念撮影に収まって、「必ず元気で帰ってきてね」とその手を強く握りしめた。一生懸命に覚えた日本語で、積極的にその輪の中に入り、コツコツと“友情”を築いてきた。
昨年の「ミズノオープンよみうりクラシック」では、当時はプロとして最年少となるツアー初優勝。ゴルフでもその存在感を存分に示し、いまやジャパンゴルフツアーを代表する若手の一人となり、本人も「韓国は僕の地元で、日本は僕が生きていく場所」と、言うほどだ。
だからもちろん任期を終えたあとは、日本ツアーに舞い戻る。赴任地には幸いにもゴルフの練習場があるという。もちろん、これまでのように自由に練習は出来ないが、教官にレッスンを請われれば、そのついでにクラブを握らせてもらえることもあるという。
もともと才能溢れる選手だから、腕がさびつくという心配はないだろう。むしろ、厳しく過酷な訓練で体力面や精神面のいっそうの成長が期待される。選手会長も太鼓判を押した。宮本勝昌はこの1年の締めの挨拶で壇上に立つたびに、ドンファンをわざわざそばに呼び寄せて繰り返した。「彼はきっと、今よりもっともっと逞しくなって戻って来ます。そのときはぜひ拍手で迎えてあげてください!」。
みんなから笑顔で送り出されたドンファンはこの日12月22日(月)から、いよいよ任務に就く。2年という月日が彼をどう変えていくだろう。また、ジャパンゴルフツアーはその頃にはどう変わっているのだろう。いずれにせよそこにはきっと、今よりもずっと、輝かしい未来が待っているはずだ。