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2020年 マスターズ
期間:11/12〜11/15 場所:オーガスタナショナルGC(ジョージア州)

“浪人時代”にスタバでバイト 松山英樹のコーチ・目澤秀憲とは何者か

「このインタビューは、いつか日の目を見るときが来るはずです(たぶん)。お話を聞かせてくれませんか」。松山英樹の専属コーチとして今年サポートチームに加わった目澤秀憲氏に、そうお願いしたのは約1カ月半前。どんな記事も公開のタイミングは重要で、当時は振るわない成績からその「日の目」が訪れるのは、何カ月も後だろう(お蔵入りもアル…)と思っていた。ところが松山は急転直下の「マスターズ」制覇! 突如として注目の的になった目澤コーチとは何者か? キャリアから人物像に迫った。(聞き手・構成/桂川洋一)

松山よりも1歳上

1991年2月17日生まれの目澤は、松山よりも“ほぼ1歳”年上だ(松山の誕生日は92年2月25日)。出身は東京、小学校入学から埼玉・所沢に。ゴルフはその直前、5歳のときに父に連れられて行った練習場で始めた。

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医学一家で両親も教育熱心だった一方で、目澤はスポーツ少年だった。「僕は身体を動かす方が楽しくて。野球もサッカーもやりました」。中学3年生の時に近所のゴルフスクールに通い始め、埼玉平成高1年時には全国高校中学選手権にも出場した。

プロゴルファーになりたい、という夢を膨らませて日大法学部に進学すると、名門ゴルフ部のレベルの高さにすぐに驚かされたという。「入学時の合宿で80人くらいの部員のうち25人くらいがアンダーパーで回っていた。(1学年上に)小平智先輩もいましたが、知らなかった先輩もうまくて。『すごい世界に来た。並大抵ではプロになれないぞ…』と」

今、振り返っても「僕は、練習はたくさんした方だと思います」。日本学生選手権など大学トップレベルの試合にも出場。だが、その裏では苦しんでいた。複数のツアープロやコーチに受けた、あらゆる角度からのアドバイスを消化しきれず大混乱。「ドライバーショットはチーピンして50ydしか飛ばないか、右に250ydすっ飛んでいくか…」と“イップス”めいた症状も現れた。

TPIとの出会い

ちょうどその頃、地元の練習場で知り合ったプロゴルファーが「“TPI”の資格を取ってきた」という。聞けば、「タイトリスト・パフォーマンス・インスティテュート」なるTPIは、ざっくり言えば米国発祥のインストラクター養成プログラムだ。

TPIの認定プロはジュニアをはじめ、あらゆるゴルファーを指導している。試しに教えを請うてみた。「今まで誰にも言われたことがないレッスンばかりでした。僕の場合は腹筋が弱く、お尻に力が入らないから、自分のやりたいスイングはできないと」。目澤はスイングのカタチ以前に、フィジカル面からアプローチするやり方に新鮮味を覚えた。

授かったアドバイスを実際に取り入れてみたら、また目からうろこが落ちた。

「スイングをいじるのではなく、トレーニングをした。身体の癖を直したんです。デジカメでスイングを撮影して、『この姿勢を保てるスイングスピードで打てばいい』と考え方を変えました。普段の7割、6割くらいで振るように。170ydを打っていた7Iの距離を150ydくらいにして。ドライバーのシャフトも軟らかく、ロフトも大きくした」

“アンダースペック”を受け入れた途端、「あれ、振れるぞ…って」。イップスは約3カ月で解消され、ゴルフの楽しさを思い出すことができた。

プレーヤーをあきらめコーチに

2013年に大学を卒業し、ツアープロを目指しながらもTPIへの興味は増すばかりだった。その年にセミナーを初めて受講。未就学児から大人までのゴルファーを対象にした体系化されたプログラムに驚き、「自分は遠回りしている」と痛感させられた。

そして、気づいた。「当時はまだ選手になりたい気持ちがあったんです。でも、良い意味で打ち砕かれました。実際に講習を受けてみて『オレでは全然ダメだ』と。もう一回だけ、プロテストを受けてダメだったらやめようと思いました」。日本プロゴルフ協会の最終テスト、最終日に崩れて夢は潰えた。24歳の秋だった。

選手になる道を断ち切り、目澤は指導者になる決心をした。自分を別のルートに導いてくれたTPIの、日本人の第一人者になる意気込みで。講義やテストは英語で行われるため、まず必要だったのは語学の勉強。「そんなに簡単じゃない」と冷たくあしらう人もいたが、難しいからこそトライする意欲も湧いた。

ボストンで語学留学をする前には、少しでも社会経験を積む必要性を知人に説かれ、スターバックスでアルバイトもした。熱心なゴルフ部の学生の職務経験はほぼ、ゴルフ場でのキャディのバイトである。「ゴルフのコーチもサービス業」と考え、緑色のエプロン姿で1年近く店頭に立っていた。

米国から帰国し、本格的に資格取得の勉強に取り組んだ。TPIの資格はパートが「ゴルフ」、「ジュニア」、「メディカル」、「フィットネス」、「パワー」と部門別に分かれており、目澤は韓国で行われたテストで「ゴルフ」と「ジュニア」における最高水準である「レベル3」を取得。日本人では現在、約20人と言われる有資格者のうちのひとりになった。

コーチの生活

とはいえ、コーチの世界もまた資格だけで稼げるものではない。26歳でプロコーチの石井忍が主宰するレッスンスタジオに就職したが、客がつくまでの生活は大変だった。基本的には歩合制で1回のレッスンにつき報酬は3000円ほどからスタート。「1日に1人も生徒さんが来ない日もありました。だから友人を呼んで、レッスンの練習をさせてもらうこともあった」。毎日、所沢から都内のスタジオまで満員電車で通勤する生活を送った。

“下積み”時代を経験しながら、数人のツアープロも指導していた2017年の冬、河本結という才能に出会う。その年の最終予選会で失敗し、同世代からは一歩で遅れる形になったが、翌18年に下部ツアーで4勝し賞金ランク1位に輝いた。19年にレギュラーツアーで優勝すると、その秋には有村智恵が門下に。「『ドローとフェード、いろんな弾道や打ち方を操る結ちゃんのゴルフが良い』と興味を持ってくれたそうです」という。

目澤には、ゴルファーを教える上で大切にしている信念がいくつかある。そのうちのひとつがTPIで教わった「ティーチングとコーチングは違う」ということ。

「TPIの指導はスイングの“キャラクター”を把握することから始まります。人間は身体の能力によって適したスイングがそれぞれある。“Sポスチャー”、“Cポスチャー”、オーバースイング…。例えばジミー・ウォーカーは“アーリーエクステンション”の代表格。リー・ウェストウッドなんかは“フライングエルボー”。みんな特徴的な動きですけど、それぞれに善し悪しがある」

一定の(得てして担当コーチが指導を得意とする)スイングや理論の型にはめていく「ティーチング」に対して、各ゴルファーの身体的特徴を評価し、それに合った動きを探っていくのが「コーチング」。目澤自身、学生時代に教わる側として体験したコーチングが現在の指導法の源流にある。

人間の動きは様々で、時代とともに環境も肉体も理論も変化するからこそ勉強は大変だ。TPIはその吸収の場としても優れている。世界に散らばった資格認定者が、それぞれの指導体験やゴルファーの情報を常に蓄積、共有していくシステム。「例えば『どの選手がこういうトレーニングをしたら成功しました、あるいはケガをしました』という情報がオープンになっていて、都度アップデートされていく。最近ではブライソン・デシャンボーの分析も進んでいるでしょう。だから、僕も現在進行形で勉強しているんです」。スイングもフィットネス理論も完璧がない世界だからこそ、教える側も安息がない。

松山との出会い

コロナ禍の2020年春、目澤はインストラクターとしての籍を東京港区にあるレッスンスタジオ、「Five elements」に移した。9月には指導する永峰咲希が「日本女子プロ選手権」で優勝。その数カ月後、松山と顔を合わせることになる。

実はツアーの水面下で目澤は、ゴルフ理論に敏感な業界関係者、とりわけいくつかのメーカーのギア担当者から将来有望な人材と目されていた。指導実績とともに最新理論に明るく、「ガンコなところがある松山も彼ならば…」という声すらあった。

河本の指導のため渡米した目澤は10月に帰国する際、ラスベガスでの「ザ・CJカップ」でPGAツアーを訪問した。松山からパッティング、スイングに関して自らの考えと悩みを告白され、忌憚(きたん)ない意見を交わし、電話などでもやり取りするようになった。

松山はここ数年、スイングに関して「フィーリング」というフレーズをよく口にし、最近はプロ転向前後の“それ”を取り戻そうと必死になっていた。ことショットに関してはドローボールを理想の弾道に近づけようと力を注いできたが、目澤の眼には「そのスイングは打てない」と映った。

目澤は率直に考えを告げ、正式契約を経て一緒に改造に乗り出した。「彼が理想とする弾道を打つためには、そのためのインパクトをしなくてはいけない、そのためにはアドレスを変えなくてはいけない、そのためにはセットアップを変えなくてはいけない」。そうイチから丁寧に説明した。

コーチとしての夢

ツアープロの仕事は一打でも少なくホールアウトすること。そのために“ナイスショット”をただの一発でなく、より多く重ねる必要がある。松山の言う「良いフィーリング」とは何か。それを言語化、可視化できれば再現性を高めることができる。スイングの計測器などを用いたデータ解析で納得させた。「松山プロは、以前はフィーリングを最優先にしてきたのだと思います。でも、逆にフィーリングが悪くてもデータが良ければ、そこに正解があるかもしれない」

目澤の指導に心を溶かした松山の動きは早かった。理想と現実のギャップを理解し、「データに裏付けられたフィーリング」を求めようとした。

体力の限り、打ち続ける姿は見る者を驚かせるほど。「納得したら、そこに向かっていこう気持ちがすごい。『これだ』と理解した瞬間からの柔軟性はピカイチ」と目澤。「試合で予選落ちしても、上位でプレーできなくても、目指したものに向かって突き進む。想像を上回るペースでこなせるのは彼のすごさだと思う」。この努力はいつかきっと実を結ぶ―――そう、信じられた。

最後に、目澤にコーチとしての夢を聞いた。繰り返しになるが、このインタビューは3月に無理を言ってお願いしたものである。

「僕は選手のときマスターズで優勝したいと思ってゴルフをしていました。それはコーチになっても変わっていなくて、自分の教えている選手が、男子だったらマスターズに優勝することが夢です。マスターズ、優勝したいですね。今のまま進んでいけば、松山プロは優勝できると思うんです」

(本文中の敬称は省略しました)

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桂川洋一(かつらがわよういち) プロフィール

1980年生まれ。生まれは岐阜。育ちは兵庫、東京、千葉。2011年にスポーツ新聞社を経てGDO入社。ふくらはぎが太いのは自慢でもなんでもないコンプレックス。出張の毎日ながら旅行用の歯磨き粉を最後まで使った試しがない。ツイッター: @yktrgw

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