「彼女がみんなを笑顔にしてくれたんだ」海外記者が贈る渋野日向子への感謝
◇海外女子メジャー◇AIG全英女子オープン 最終日(4日)◇ウォーバーンGC(イングランド)◇6585yd(パー72)
最終組が18番グリーンに歩き出す。その背中を追うように観客たちは歩みを進めた。スタンド席は埋め尽くされ、ロープや柵の後ろに人が溢れる。
グリーン脇のモニターに渋野日向子の笑顔が映し出されると、拍手と指笛は鳴りやまなかった。
「私初出場だけど?誰に向けてられているか、わからなかったけど、一応手を挙げちゃいました。そしたら声援が来たので、オーって」。渋野は、照れ臭そうに振り返る。
低いトーンのアナウンスが流された。「Hinako Shibuno,from Japan」。グリーンに上がる直前、右手をキャップのつばに当て深く一礼した。割れんばかりの拍手喝采が会場を一体にした。
日本ゴルフ界の歴史を動かすウィニングパットを沈める、ほんの数分前の光景だった――。
“スマイルシンデレラ”。メジャーで海外ツアー初挑戦になった渋野は、いつしか現地でそう呼ばれていた。海外メディアからは「なんでそんなに笑っているの」と質問が飛ぶ。「緊張はしないの」、「いつも楽しそう」、「それだけ余裕があると、ほかの選手へプレッシャーになる」。試合中、特にメジャーの真剣勝負で、こんな選手は極めて珍しかった。
ラウンド中には、駄菓子を頬張った。スルメを噛み、「よっちゃんイカ」を口にした。キャディを務めた青木翔コーチとは「くだらない話ばっかりしていた。だからリラックスできたんです」。笑みを浮かべれば、観客からは「本当に笑っている。スマイルシンデレラね」との声が漏れた。
象徴的なシーンは最終日、首位タイだった緊迫の16番。同組のアシュリー・ブハイ(南アフリカ)がラフから第2打を先に打つ前、フェアウェイにいた渋野の前に海外のテレビクルーがカメラをセットした。すると、手にしていた駄菓子をかじり、自ら寄っていく。カメラ目線で朗らかな笑顔でおどけてみせると、中継したCS放送のアナウンサーは「この状況で、これが出来るんです」と言うほかなかった。
ホールとホールを結ぶ動線では、送られる声援にできる限り目を見て返答した。出身地の岡山県から来た顔なじみの応援団もいたが、区別はしない。「途中から海外の人たちもたくさん応援してくれて、すごい嬉しかった」。ロープ外から手が出ればハイタッチに応じ、特に子供を最優先した。通り過ぎそうになっても、戻って手をあわせた。
「(気持ちが)切れて下を向いていても、子供だったらわかるじゃないですか。ちょうど目線があったりする」。2日目には、組についてきた少女にボールをあげた。3日目の17番(パー3)を終え、18番に向かう途中では7歳のインド出身の男の子にグローブをせがまれ、サインを書き渡した。驚異的な盛り返しで首位に浮上したばかりの場面。「こんなことする選手、見たことない」と子供の両親は心から感謝した。盛り上げ上手な外国人たちが、近くに寄って拍手と口笛であおった。
42年ぶりに誕生した日本人メジャー優勝者の会見では、ある海外の男性記者が質問した。
「君は今週、みんなを笑顔にさせてきた。では、君が見て笑顔になれる人はいるの」
返答に少し悩みながら、渋野は「こっちに来てギャラリーさんと目が合ったとき、私がニコッとすると、ニコッとしてくれる。それが嬉しくて、目を合わせてニコってしていました」と答えた。
会見を終え、その男性記者に質問の理由と意図を聞いてみた。心優しいメジャー王者がどれほど現地で受け入れられていたのか。彼は「おめでとう」と手を握りしめると、快く教えてくれた。
「彼女の笑顔が、みんなを笑顔にしてくれたんだ。だから彼女はこれからも、ずっと笑い続けていないと、ダメだろ?」(イングランド・ウォーバーン/林洋平)