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宮里優作×岩田寛×清田太一郎 同級生トーク
友情が導いた同級生トーク(編集後記)

2017年12月3日。その瞬間はテレビ越しに眺めていた。画面の向こうでは、宮里優作が国内ツアー最終戦「日本シリーズJTカップ」でシーズン4勝目を挙げ、逆転で初の賞金王のタイトルを手にしている。清田太一郎、37歳。彼はアマチュア時代の好敵手の栄冠に自らも酔いしれた。これまで知りえなかった喜びに浸ったのは、人生の不思議な縁を感じていたからかもしれない。

「同級生の清田が引退した」

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日本シリーズ終了から数日後、そんな話を聞いたのは意外な人物からだった。ふたりと同学年の男子プロ岩田寛だ。高校卒業後、宮里とは東北福祉大時代にチームメートに。プロ転向後は日本体育大出身の清田と同じコーチに指導を仰いだことで、ふたりと親交を深めていった。

実家がゴルフ練習場だった岩田が本格的にクラブを握ったのは中学生の時。そのころ、宮里と清田はすでに全国大会の優勝候補の常連だった。「優作と太一郎は最大のライバルだったんです。僕らの世代ではズバ抜けていて」。だから、当時の彼らと自分のレベルの差は「恐竜とアリくらいあった」。大学卒業後も、鳴り物入りでプロの世界に飛び込んだふたつの背中を追うばかりだった。

しかし、宮里はプロ転向から11年かけて2013年に初優勝を飾り、岩田も翌14年に勝った。一方で、清田のプロ人生は苦難に満ちた。アマチュア時代に「全米アマ」、「全米オープン」に出場した実力者は近年、ケガに泣かされた。股関節の手術を受け、腰も痛めた。昨年、予選会を通過してツアーへの限定的な出場権をつかんだが、体はもうボロボロ。春先には今シーズン限りでの引退を決めていた。

今季9試合のうち、予選通過は3回。10月、「マイナビABCチャンピオンシップ」のマンデートーナメント(本戦出場を争う予選会)が事実上の“引退試合”になった。「僕はね、ケガも実力のうちだと思うんです」。かつて“九州の怪童”と呼ばれた男は、静かにキャリアの終焉を受け入れていた。

その週、清田は岩田と食事をして昔話に花を咲かせた。家業を継ぐ引退後の生活にも、前向きだった。それでも、たったひとつ心残りがあった。2003年の米ツアー「ソニーオープンinハワイ」で一緒にプロデビューして以来、宮里とは練習ラウンドを含めて一度も同じ組でプレーしたことがなかった。

友人の思いをくみ取った岩田は、すぐに宮里に連絡した。11月末の「カシオワールドオープン」。岩田は「練習ラウンドで、最後に3人で一緒に回ろう」と提案した。資格の順番では清田に出場権が巡ってくる可能性はほぼゼロと言ってよかったが、宮里も快諾した。

当日、清田は会場に来なかった。数週間前の「日本オープン」で、今度はぎっくり腰を発症していた。股関節にはまた水が溜まり、下半身のしびれに悩まされ、大阪の自宅から高知に足を運べなかった。「写真だけでも一緒に」。3人の願いはツアーの会場でかなわなかった。

プロゴルファーはキャリアの晩年に出場権を失い、ツアーの舞台から静かにフェードアウトしていく選手がほとんどだ。現役引退という明確な区切りがないままに。だからこそ「何かを太一郎に残してやりたい」と言ったのが岩田だった。「あいつは今の体ではゴルフができない。だから記事か何かでも…」

シーズンを終えた師走の候、3人は合同インタビューという形で、都内で落ち合うことにした。仙台に住む岩田は「ふたりのためなら、僕は“ドひま”です」と時間を作り、清田も「そんなヒロシよりも、僕は“ドひま”です」と続いた。宮里は賞金王という肩書きが加わったことでオフは多忙を極めるが、趣旨をすぐに飲み込み、即座にスケジュールを見直した。「この日だけなら時間がある!」。友情に先導された企画の実施は、岩田の提案があった夜から、わずか数時間後の翌朝に決まった。

インタビューのためホテルに到着した清田の足の運びは、行きかう人々に遅れを取っていた。「痛みはそうでもないんですけど、しびれだけ」。ケガは癒えていない。椅子に座ってふたりを待っている間、静かに話し出した。「寛くんはね…ああいう男気があるんですよ。人見知りだから誤解されやすいんですけど、彼はいつも優しい。きょうはふたりに会えることが本当にうれしい」。彼のプロとしてのキャリアは厳しかった。ただ、仲間がいなければまた違うものになっていたはずだ。

小学5年生で初めて清田に会った宮里は、再会に「タイちゃん、タイちゃん!」と屈託なく笑い、戦友の門出を祝った。学生時代を振り返り、ノスタルジックな時間を過ごした最後にこう誓った。「太一郎の刺激になるように僕は頑張る。寛の刺激になるようにも頑張る。同級生が頑張るとね、すげえ楽しいから」

宮里の37歳での初の賞金王戴冠は、日本ツアーで史上3番目の年長記録だった。齢に抗い、いくら気を若くしても体力は衰えていく。ただ、年を重ねるたびに「誰かの分も」「誰かのために」という思いは積み上がる。残されたプロゴルフの世界でも、あるいはその外でも、彼らはまた強くなる。(編集部・桂川洋一)

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桂川洋一(かつらがわよういち) プロフィール

1980年生まれ。生まれは岐阜。育ちは兵庫、東京、千葉。2011年にスポーツ新聞社を経てGDO入社。ふくらはぎが太いのは自慢でもなんでもないコンプレックス。出張の毎日ながら旅行用の歯磨き粉を最後まで使った試しがない。ツイッター: @yktrgw

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