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<選手名鑑237>ラッセル・ヘンリー(後編)

2017/05/03 07:30

■スマホで自己暗示作戦 「僕は世界一パットが上手!」

パット巧者のラッセル・ヘンリー(Josh パット巧者のラッセル・ヘンリー(Josh Hedges/Getty Images)

ラッセル・ヘンリー(28)はアトランタ・ブレーブスの元投手ジョン・スモルツとのゴルフ談義からヒントを得て、考える時間を短縮し、迷いが入り込む余地を作らない「クイック・パット」を実践した。ツアーでパットの名手として知られる、豪州のアーロン・バデリーのパット所要時間はたった4秒で「4セカンズ・パット」と称され、根底はヘンリーと似た考えだ。

ヘンリーは自他ともに認めるパット巧者となったが、それでも気持ちが揺らぐ瞬間がある。そこで次の作戦を思いついた。スマホのリマインダーに毎日正午、「I’m the best putter in the world (僕は世界一パターが巧い)」という言葉を表示するようセットした。プレー中でなければ、必ずその時間に文字を見ながらつぶやいている。ヘンリーはテクニックの進歩には、“言葉の力”も大きいと考えている。パットがうまい人でも「下手」と言われ続ければ、いつの間にか下手になってしまう。逆に下手な人でも「上手」と言われ続けると、向上するケースを何度も見てきたからだ。「パットが上手くなりたいなら、自分はパットが上手いと信じること」と言い切り、だからこそ自己暗示作戦は有効だと言う。「パットが好調だと、プレッシャーから解放され楽しめるようになる。そうなれば最高!」。これが彼の目指す境地だ。

芝目の強いバミューダ芝を嫌う選手は少なくない。ヘンリーの考え方を知った時、「バミューダのライン読みは難解、奇怪。まるで推理小説の犯人を推測するみたいに楽しい」という現在チャンピオンズツアーで活躍中のポール・ゴイドスの話を思い出した。それが彼の攻略法だった。苦手意識や不安を抱えてのパットより、難しいから面白いんだと思いながらパットするのでは、結果が違うとのことだった。

■キャディ、時に父親代わり 11歳上の頼れる兄貴“Bubba(バッバ)” 

ヘンリーは1989年4月12日、ジョージア州メーコンで生まれた。現在は同州セントサイモンズ・アイランドに拠点を置く生粋のジョージアンで、父チャピンは同州メーコン市で産婦人科医院を開業。父は母サリーとともに、ジュニア時代から、時間の許す限りヘンリーの応援に駆けつけた。特に11歳上の兄は多忙な父に代わり、保護者として遠征に同行、主要な試合ではキャディとしてもサポートを続けてきた。全米アマ、全米オープンでローアマになった時、アマで出場してウェブドットコムツアーで優勝した時も、兄が付き添っていた。兄は大らかで陽気な性格、包容力溢れる人柄で、弟の緊張をほぐしてきた。兄の本名はアダム。スキニーな弟とは対照的に、兄は巨漢でニックネームはジョージア大学の先輩・バッバ・ワトソンと同じ“Bubba”だ。米国では体の大きい人や大きなことを成し遂げた人によくつけられ、ビル・クリントン元大統領の愛称も“Bubba”だ。

兄は結婚し、ヘンリーのジュニア時代には、すでに2人の男の子を持つ父親だった。学生時代はゴルフもプレーしたが、野球を選び、ジョージア州のスタットフォード・アカデミーに進学。大リーグを目指したが叶わず、ジョージア大学で会計学を学び、地元でファイナンス会社を共同経営していた。しばらくしたのち、08年にジョージア大学に入学した弟から「地元メーコンでのプロアマ戦に出場するのでキャディをやってほしい」との連絡があり、自分を必要としていることを痛感。兄は会社を辞め、しばらくキャディとして支えることを決意した。ヘンリーは兄夫妻の理解と献身もあって見事な結果を残し、プロの世界へ羽ばたいていった。

■シンガー・ソング・チャンピオン

ヘンリーは家族にも、経済的にも恵まれ、ジュニア時代から実力を発揮した。07年、高校3年生の時に、ジュニアW杯で初来日すると、大学は地元アセンズにあるジョージア大学に進学。チームメイトにはツアー2勝のハリス・イングリッシュ、先輩にはマスターズ2勝のワトソン、今田竜二クリス・カークケビン・キスナーらがおり、PGAツアー優勝者を多く輩出している。大学3年時に出場した2010年の全米オープンでは16位タイと健闘し、イリノイ大学のスコット・ラングレーとローアマを獲得した。

大学時代のハイライトはウェブドットコムツアーでの優勝だろう。2011年5月8日、母校ジョージア大学所有コースで開催されたスタジオンクラシックにアマとして出場し優勝。同ツアーでのアマチュア優勝は、07年のダニエル・サマーヘイズに次ぎ、2人目の快挙だった。同年のプロ転向後、12年のウェブドットコムツアーで2勝(通算3勝目)で、賞金ランク3位と大活躍。13年はPGAツアーのシード権を獲得し、デビュー戦で初優勝した。昨季は不調に喘いだが、28歳の今年、ツアー3勝目を挙げ、今後の飛躍も大いに期待されている。

さらに彼はミュージシャンでもある。ツアーの転戦には、気分転換と練習を兼ね、必ずアコースティックギターを持参。14年のジュニア試合で、ゲスト出演で演奏したのが評判となり、ツアーのイベントでも演奏するようになった。連覇に挑んだ15年のホンダクラシックの前夜祭ではロックバンドと共演し、ゴルフに負けない渾身のパフォーマンスを披露した。前年チャンピオンによる異例のエレキギター熱演で、ライブは大いに盛り上がった。同年の10月末には、画家のテリ・ダンカンと結婚。「音」と「色」で人生を彩るアーティストカップルとなった。

佐渡充高(さどみつたか)
ゴルフジャーナリスト。1957年生まれ。上智大学卒。大学時代はゴルフ部に所属しキャプテンを務める。3、4年生の時に太平洋クラブマスターズで当時4年連続賞金王に輝いたトム・ワトソンのキャディーを務める。東京中日スポーツ新聞社を経て85年に渡米、ニューヨークを拠点に世界のゴルフを取材。米国ゴルフ記者協会会員、ゴルフマガジン「世界トップ100コース」選考委員会国際評議委員。元世界ゴルフ殿堂選考委員。91年からNHK米ゴルフツアー放送ゴルフ解説者。現在は日本を拠点に世界のゴルフを取材、講演などに飛び回る。

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