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<選手名鑑231>トーマス・ピータース(後編)

■アーノルド・パーマー生涯最後の指名選手

細身で長身のピータースの人気は高い(Stuart FranklinGetty Images)

トーマス・ピータース(25)がPGAツアーに初出場したのは昨年の今大会だった。ホストのアーノルド・パーマーは成長が楽しみな選手にチャンスを、と「パーマー推薦枠」を設けていた。特別スポットを希望する選手たちからの手紙は毎年どっさり届いた。選ばれた選手の多くはチャンスを足がかりにシード権獲得、さらにメジャーや世界選手権も優勝するなど飛躍した。パーマー指名選手は毎年注目された。そしてパーマーが生涯最後(昨年9月他界)に指名した選手がピータースだった。

ピータースは期待通りに決勝ラウンドに進出したが、最終日のアグレッシブなプレーが裏目に出て「78」。76位のホロ苦デビューとなったが、このままではいけない!と期するところがあった。8月のリオ五輪にベルギー代表として出場しメダルまであと一歩の4位。「東京五輪では金メダリストになりたい!」と燃え、すぐに南米から欧州チェコに飛ぶと、強行出場で2位。その翌週8月末にデンマークで欧州ツアー3勝目を挙げた。家族が応援のためベルギーから850キロを走破し現地にかけつけ、その姿に奮起した!10月は初のライダーカップで家族の声援を受け5戦全勝。試合ごとにたくましく成長した。今大会も天国のパーマーに感謝をこめ、素晴らしいプレーを届けねばならない。

■ゴルフ場に通い詰めた少年時代

ピータースは1992年1月27日、西ヨーロッパのベルギー王国アントウェルペン州ヘール市で誕生。ゴルフを始めたのは97年で5歳のとき。両親ともにゴルファーで子供たちと一緒にファミリーゴルフを楽しんでいた。やがて3きょうだい(兄と姉)だけでも地元ゴルフ場(Witbos GC)に通い始めた。ゴルフ場関係者やメンバーから可愛がられ、練習だけでなく、ちょっとした小遣い稼ぎも。5番ホールのウォーターハザードに落ちたボールを拾い集め、それを磨いてメンバーに販売した。

やがて地元在住コーチのバート・ボレンに師事し、母国のジュニア大会で頭角を現した。14歳のときにサッカーやバスケットなど他のスポーツを止めゴルフ一本に。そしてボーディングスクール(全寮制の寄宿学校)への進学を決めた。ジュニアのスポーツ育成教育を中心にした学校で国際試合への出場にも積極的。15歳でスクラッチプレーヤーに成長していた。勉学はもちろん、社交性を養い、礼儀、規律などにも厳しく、プロを目標に選手としての総合力を身につけていった。

■米国留学 極度のホームシックを乗り越え全米学生選手権優勝

ピータースの才能は米国にも届き、2010年米国イリノイ大学にゴルフ留学が決定。同校はパブリック・アイビーと言われる名門公立大学で経営学部は全米トップクラス、国立スーパーコンピューター研究所も所在。理系では工学、自然科学分野の研究の評価が高くノーベル賞受賞者は11人。ゴルフではツアー12勝のスティーブ・ストリッカー(50)やルーク・ガスリー(27)らが同校OB。

夢を抱き渡米するとチームでは1年生のときから準エースとして活躍。一方で母国や家族と遠く離れ、極度のホームシックに苦しんだ。その年の冬、サンクスギビング休暇で待ちに待った里帰り。約半年ぶりの帰省で家族と過ごした。気持ちをリフレッシュし大学に戻るはずだったが「戻りたくない!」と駄々をこねた。両親は「決めたことを途中で投げ出す者は何事も成せない。大学に戻らなかったら人生で取り返しのつかない大きな後悔になる」と諭し、彼は断腸の思いでイリノイ行の飛行機に乗った。彼は今も「趣味のひとつは家族」というほどの実家っ子である。

少し大人になり大学生活にも慣れた2年後の2012年5月。大学2年生のピータースにとって最高の瞬間が訪れた。2月ジェネシス・オープンの開催コースで知られるロサンゼルス郊外のリビエラCCで行われた全米学生選手権で個人優勝。首位で迎えた最終日、難コースをパープレー「71」、通算5アンダーで逃げ切った。2位は3打差でテキサス・クリスチャン大学のジュリアン・ブラン、フロリダ大学のタイラー・マッカンバー(ツアー10勝のマーク・マッカンバーの息子)。優勝候補のテキサス大学のジョーダン・スピースとUCLAパトリック・カントレーを撃破しての勝利に歓喜した。団体戦はエースのジャスティン・トーマス率いるアラバマ大学が優勝。この試合は現在のPGAツアー?と思うほどの顔ぶれの熱戦だった。ピータースは2013年にスポーツマネージメントの学位を取得し卒業、大好きな家族が待つベルギーに帰国した。

■いよいよライバルたちと同じ土俵へ

大学卒業後にプロ転向。その年の冬、欧州ツアーのシード権獲得試合に一発合格し、翌14年から欧州ツアーにフル参加をスタート。起爆剤は学生リーグで切磋琢磨したスピースの大躍進だった。スピースは大学を中退しプロ転向、13年は無資格で挑戦し推薦出場を皮切りにトップ10入りの綱渡りで次々に出場権を獲得した。7月にはPGAツアー初優勝を飾った。

その頃、ピータースは大学4年生。無謀とも言える挑戦に次々と成功するスピースを遠くから見ていた。スピースはその後、15年にはマスターズ、全米オープンとメジャー連覇し、世界ランク1位にまで上り詰めた。機は熟し、いよいよピータースもプロの世界へと出陣。スピースの活躍に刺激を受け呼応するように躍動を始めた。同年9月のチェコ・マスターズで欧州ツアー初優勝。2週後のKLMオープンで2勝目と3週で2勝の大活躍。一気に世界ランクは上昇し、16年には世界選手権マッチプレー、初の全英オープン、全米プロ選手権へ出場。昨年の最終週には世界ランクが47位にアップし50位までに与えられるマスターズへの出場も決定。家族もベルギーから応援にかけつける予定で、春が待ち遠しい。

学生時代のライバル、スピース、トーマス、そして同じ歳の松山英樹ら同世代の激闘に、いよいよピータースも宣戦布告。最後の駒の破壊力は想像以上!?予想を超える展開が待ち受けているかもしれない。

【NHKBS AT&Tバイロン・ネルソン放送予定】
5月21日(日)5:00~7:00 3日目
5月22日(月)5:00~7:00 最終日
5月22日(月)17:00~18:49最終日<録画>

佐渡充高(さどみつたか)
ゴルフジャーナリスト。1957年生まれ。上智大学卒。大学時代はゴルフ部に所属しキャプテンを務める。3、4年生の時に太平洋クラブマスターズで当時4年連続賞金王に輝いたトム・ワトソンのキャディーを務める。東京中日スポーツ新聞社を経て85年に渡米、ニューヨークを拠点に世界のゴルフを取材。米国ゴルフ記者協会会員、ゴルフマガジン「世界トップ100コース」選考委員会国際評議委員。元世界ゴルフ殿堂選考委員。91年からNHK米ゴルフツアー放送ゴルフ解説者。現在は日本を拠点に世界のゴルフを取材、講演などに飛び回る。

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