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WGCデルマッチプレー
期間:03/23~03/27  場所: オースティンカントリークラブ(テキサス州)

<選手名鑑193>マット・クーチャー(前編)

■驚異の安定感、トップ10率が約4割

マット・クーチャー(37)は2013年WGCマッチプレー優勝の実力者。世界のトップランカー集結の世界選手権初制覇となった試合だ。その年は避寒地アリゾナが時ならぬ寒波に見舞われ初日は雪で中止。その後も寒さが続き、多くの選手はニット帽をかぶってプレーした。慣れない条件下でクーチャーは粘りに粘り、決勝でハンター・メイハン(33)を2&1で下し栄冠をつかんだ。

現在までPGAツアー通算7勝。2010年には賞金王、年間最少ストロークの選手に与えられるバードン・トロフィーも受賞。中でもPGAツアーのファンに印象的な勝利は2014年ハーバータウンGLで開催されたRBCヘリテージの勇姿かもしれない。最終日の最終18番、手前バンカーからチップインバーディを決め劇的フィニッシュ!あのショットは「クーチ(愛称)のcoup(一撃)」と絶賛された。

鮮やかスーパーショットも凄いが、最大の魅力は「Mr. Consistency」「Mr. Top 10」と称される抜群の安定感。2010年から昨季まで144試合に参加しトッ10入り回数は55回。その率は約39%と4割近い驚異の確率なのだ。193センチの長身ながら飛距離はアベレージ。正確なショットと卓越したショートゲームと粘りが彼のスタイル。クーチャーの鉄壁ゴルフは今年のマッチプレーでも威力を発揮することだろう。

■実はグッドマッチなタイガー・ウッズとクーチャー

クーチャーとタイガー・ウッズ(40)が親しいというイメージはあまりないと思うが、彼らは同じエージェント所属でもあり練習ラウンドや食事もよく一緒にする友人。クーチャーは2011年10月、マーク・スタインバーグが設立したエクセル・スポーツ社と契約しウッズファミリーとなった。スタインバーグは元IMG社でウッズを担当していたが、09年のスキャンダルで契約が切れたウッズを支えるために退社し、新会社を設立した。エージェント運営には他選手との契約も必要で、白羽の矢が立ったのがクーチャーだった。米国人選手で実力、好感度抜群のクーチャー獲得は大ニュースとなった。スタインバーグはクーチャーが選手としてより成功するように尽力。ウッズもクーチャー加入を大いに喜び、積極的に協力し交流や情報交換も惜しまない。

2人の縁は、約10年前から始まっていた。クーチャーにとって3歳上のウッズはジョージア工科大学時代から兄のような存在だった。97年に全米アマチュア選手権に優勝し、その資格で98年マスターズに出場。マスターズでは前年の優勝者と全米アマ優勝者が予選ラウンドを同組でプレーすることが恒例となっている。97年王者のウッズと2日間じっくり一緒にプレーし、クーチャーは多くを学び、初出場で21位タイ、ローアマにも輝いた。2013年12月プレジデンツカップでウッズとペアを組み解説者のジョニー・ミラーは好プレー連発の2人を絶賛した。ウッズはデビッド・デュバルスティーブ・ストリッカーともペアでプレーしてきたが、マット・クーチャーとのペアが最もウマが合っているかもしれない。ウッズはクーチャーの実力と人柄に一目置き、クーチャーはウッズに敬意を抱き、意外にも?2人は会話が弾み波長が合うという。クーチャーは名実ともにスタインバーク事務所のナンバー2、いや、ウッズが復帰するまでは中心選手だ。

■メンターはグレッグ・ノーマン

クーチャーはシーズンオフには積極的に世界でプレーしてきた。11年11月には全豪オープンに出場。地元紙の取材で「グレッグ・ノーマンは大きな影響を受けた選手」と話した。この試合は11年前(2000年)プロとして初めて出場した思い出深い試合だった。ノーマンは全英オープン2勝を含めツアー20勝、欧州ツアー14勝。当時、強烈なカリスマ性を持ち、若手の米国人選手に強烈なインパクトを与え、愛称「グレート・ホワイト・シャーク」と言われた選手だった。雲の上のような存在の彼が豪州選手のみならず、分け隔てなく若手に接し、プロ転向したばかりのクーチャーにも声をかけ一緒に練習ラウンドを行っていた。クーチャーにとって緊張のプロ初陣での貴重な経験は忘れがたく感謝の意を抱き続けた。恩返しの気持ちで11年後に豪州オープンへの出場を決めたのだった。

ノーマンは負傷の影響でプレーする機会は減っているが、今も大きな影響力を持っている。ビジネスでも成功し、多角的見地からゴルフ界へ率直な提言をし続けている。10年先を見越し次世代へゴルフを拡げることの重要性や、音楽を流しながらのプレー(曜日や時間など条件付き)など常識を覆す工夫は目からウロコのアイデア満載。クーチャーはノーマンの言動にも注目し、ゴルフの、そして自身の将来を考えるようになったという。

■二クラスの後継 2代目PGAツアーテニス部主将

ゴルフのトレーニングにテニスを取り入れるテニス愛好家の選手は少なくない。アーニー・エルスはジュニア時代、期待されたテニス選手だった。セルヒオ・ガルシアもマルチナ・ヒンギスとの交際をきっかけに本格的にテニスを始めた。クーチャーも12歳の時はプロのテニス選手になることが夢だった。13歳でテニスをやめゴルフに転向する直前はフロリダ州ジュニアのベスト5に入る実力の持ち主だった。プロゴルファーになってもテニスを続け、シビー夫人もテニス選手で、クーチャー夫妻はUSTAナショナル・ハズバンド・ワイフ・ダブルス選手権で優勝した。このタイトルは夫妻の夢で応援に来ていた両家の家族全員は大喜びだったそうだ。夫人はジョージア工科大学のテニス部でゴルフ部との交流会で知り合い結婚。夫人の兄もテニスのアマチュアの大会で活躍しクーチャーは義兄と03年USTAナショナル・メンズ・グラス・コート・ダブルス・チャンピオンシップに出場し好成績を挙げた。その後、ゴルフの転戦にラケットを持参し合間に練習するように。夫人が試合に同行している時は夫妻でプレーし、それを見たテニス好きのセルヒオ・ガルシアトム・レーマンの元キャディ、アンディ・マルチネも仲間入り。クーチャーによると、この2人はかなりの凄腕だそうだ。

かつてジャック・二クラス(76)はテニス仲間を募り、選手、キャディ、メディア関係者ら和気藹々で楽しむツアーのテニス部で中心的存在だった。テニスが仲間との信頼関係を育み、トレーニングやリラクゼーションにもなり試合への英知を養うと感じていた。その後継者がクーチャーで二クラスに次ぐ2代目主将だ。彼らの腕前は相当なもの。瞬間的判断、何手先も読む想像力はゴルフにも役立つと真剣そのもの。PGAツアーテニス部の本格的な試合が行われる日が来るかもしれない。

※次回の後編はクーチャー100万ドルの笑顔とボビー・ジョーンズに憧れてなどを予定

佐渡充高(さどみつたか)
ゴルフジャーナリスト。1957年生まれ。上智大学卒。大学時代はゴルフ部に所属しキャプテンを務める。3、4年生の時に太平洋クラブマスターズで当時4年連続賞金王に輝いたトム・ワトソンのキャディーを務める。東京中日スポーツ新聞社を経て85年に渡米、ニューヨークを拠点に世界のゴルフを取材。米国ゴルフ記者協会会員、ゴルフマガジン「世界トップ100コース」選考委員会国際評議委員。元世界ゴルフ殿堂選考委員。91年からNHK米ゴルフツアー放送ゴルフ解説者。現在は日本を拠点に世界のゴルフを取材、講演などに飛び回る。

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