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<佐渡名鑑192>アダム・スコット(後編)

プロゴルフ界きってのモテ男-アダム・スコ プロゴルフ界きってのモテ男-アダム・スコット(Mark Metcalfe/Getty Images)

■ 最も結婚したい独身アスリート・・・だった!?

スコットはプロゴルフ界きってのモテ男。端正な顔立ち、爽やかな笑顔、気さくで優しい性格、ゴルフも元世界ランク1位のトップランカー・・・、彼はティーンからおばあちゃんまで幅広い年齢層の女性ファンを虜にしてきた。中にはエージェントに交際申し込みの連絡をする女性や、試合中に交際を直訴したファンも。米芸能誌の「最も結婚したい独身アスリート」の読者アンケートで1位になったこともあった。スポーツ誌にスーツ姿で表紙を飾り、ファッション特集などでもモデル役で登場するなど、アイドルのような時期もあった。趣味のサーフィンやアコースティックギターを弾く姿は、プロゴルファー像を変えたのだった。

プロテニス選手でセルビア出身のアナ・イバノビッチとは何度か破局と復縁を繰り返し、話題になった。プレジデンツカップなど公式のパーティーの場へも彼女を伴い、結婚は時間の問題かと思われたが破局。イバノビッチと一時的に別れていた時には、米国の女優ケイト・ハドソンと交際し、マウイ島のビーチで水着姿の2ショットをパパラッチに激写されたりもした。

■ 祝!結婚も女性ファンが悲鳴!? ゴルフ界の「ましゃロス」現象

彼が生涯の伴侶に選んだのは、1歳下のインテリアデザイナー、スウェーデン人のマリー・コイサーだった。彼女は01年にデンマークのトーマス・ビヨーン(45)のナニー(教育ベビーシッター)として欧州ツアーに同行していて知り合い、交際に発展。PGAツアーの試合で二人が一緒にいるのを初めて見た時、21歳と20歳の初々しいカップルだった。彼女はインテリアの勉強のため、ナニーをやめロンドンの美術学校へ留学。スコットは彼女と過ごすため、ロンドンのチェルシー地区に家を構えて愛を育んだ。だが08年に別れ、スコットはイバノビッチと交際し、そして破局を迎えたのだった。

スコットの脳裏をよぎったのは元カノのコイサーだった。2人が別れてから約4年、彼女はスウェーデンの建築設計事務所に所属し、デザイナーとして活躍していた。突然の再会で目前に現れた彼女は30歳を過ぎ、魅力的な大人の女性に変身していたのだ。旧友、親友のような彼女との新生活で、スコットは穏やかさを取り戻し、翌2013年のマスターズで、悲願のメジャー初優勝を飾った。2014年、出会ってから12年の歳月を経た同年マスターズの翌週にバハマで挙式した。彼女の意向で極秘に行われ、出席したのはスコットの両親、妹夫妻ら身内と、ごく少数の友人のみ。新郎新婦は着飾ることもない“ジミ(地味)婚”だったが、スコットの親友ジャスティン・ローズは「気持ち溢れる大人同士の素晴らしい式だった」と語った。ローズによると「彼女は美しくとても朗らかで賢く、エネルギーに溢れた女性。自身の仕事も続け、ベッタリしすぎない生き方がアダムにとって心地良いのだと思う」と感想を述べていた。

結婚が公になったのは挙式から約1カ月後のザ・プレイヤーズ選手権の時だった。僕がスコットに「おめでとう!」と声をかけると「ありがとう!」と弾ける笑顔を見せた。その一方、「まさかスコティ(愛称)が結婚!?」などと、ファンのみならずツアーやメディア関係の女性陣の表情が固まり、永遠のプリンスだと思っていたスコットが・・・とショックを隠し切れない様子。昨秋の福山雅治さんの結婚発表の時に起きた「ましゃロス」ならぬ「スコ・ロス」現象だった。

スコット夫人となったマリーは、ファンに配慮しているのか、今のところ若い頃のような2ショット姿を披露することを避けている。昨年2月15日に、スコットの家族が住む豪州クイーンズランドで長女ボー・ベラちゃんを出産。スコット夫妻は公私を分け写真も未公開だが、メジャー優勝の際には愛する家族をファンにお披露目するのでは?と楽しみにしている。

■ 優勝の必須条件は健康 手術で不安を一掃

プロ転向から15年、スコットも数々のアクシデントを乗り越えてきた。08年12月、大好きなサーフィンで膝を負傷、同年は同じ箇所を6回も痛めていた。その後、ゴルフが大好きなプロサーファーのケリー・スレーターやベンジー・ウェザリーと親しくなり、ゴルフとサーフィンの互助レッスンで上達、大きな負傷はしなくなった。

2011年12月には扁桃腺の手術を受け、3カ月を休養に充てた。世界を転戦する生活の影響からか、数年前から年に5回は試合中にも症状が出ているようだった。予選ラウンド首位から、後退して終了と不本意な結果になることもあり、メジャーの最中に症状が出ることを避けようと手術に踏み切った。同時期には顔に発症した皮膚ガン(基底細胞癌)の手術も受けた。幸い、軽度だったが「13歳の頃から1日10時間以上もゴルフ場で紫外線を浴び続けてきたからだろう」と感じていた。その後、彼はサングラスをかけるようになり、その理由も「眼も皮膚と同じようにダメージを受けているから」だった。今のスコットは私生活も充実、体調も良好で、パットの不安も解消した。ザ・ホンダクラシックの優勝で、それらの苦労が実を結んだ。

■ ウルトラ・ディスタンスで2度目のマスターズ制覇へ

スコットにとって2013年のマスターズ優勝は格別の感動があった。87年、彼が6歳の時に、豪州の自宅で父フィルとマスターズをテレビ観戦していた。母国の英雄グレッグ・ノーマンがプレーオフでラリー・マイズに負け、大きなショックを受けた。その時、彼は子供心に「大きくなったらプロになって、ノーマンの代わりにマスターズで勝ってみせる!」と強く思った。それがゴルフに本気で打ち込む原点だったという。

マスターズは02年に初出場で9位タイの好成績。11年には2位タイ、12年は8位タイに入った。その年の最終日は13番でイーグル、16番でホールインワンを記録するなど、パトロンたちから拍手喝采を浴び、その喜びと自信が翌年の勝利につながった。豪州選手初のマスターズ勝者となり、少年時代からの悲願を遂げたのだった。

今年、スコットの注目はさらに伸びた飛距離だ。2013年297.8ヤード(23位)だった平均飛距離が、2015年は311.6ヤードでランク4位(その差13.8ヤード)に浮上した。300ヤード級のロングヒッターが、10ヤード以上距離を伸ばすことは尋常ではない。超打といえばバッバ・ワトソンダスティン・ジョンソンのイメージが強いが、スコットはこの2年で彼らに匹敵する飛距離を身につけた。オーガスタで3年前よりパワフル、よりダイナミックなプレーを展開するはずだ。

ホンダ・クラシックと世界選手権キャデラック選手権の連勝で世界ランクは一気に6位と、3カ月ぶりにトップ10へカムバックを果たした。35歳は実力、体力、経験のバランスが最良の時期と言われ、彼自身も実感しているように見える。「目指すはキャリアグランドスラム」とメジャー全勝も見据える発言をし、僕は今、その言葉に更なる重みを感じている。

佐渡充高(さどみつたか)
ゴルフジャーナリスト。1957年生まれ。上智大学卒。大学時代はゴルフ部に所属しキャプテンを務める。3、4年生の時に太平洋クラブマスターズで当時4年連続賞金王に輝いたトム・ワトソンのキャディーを務める。東京中日スポーツ新聞社を経て85年に渡米、ニューヨークを拠点に世界のゴルフを取材。米国ゴルフ記者協会会員、ゴルフマガジン「世界トップ100コース」選考委員会国際評議委員。元世界ゴルフ殿堂選考委員。91年からNHK米ゴルフツアー放送ゴルフ解説者。現在は日本を拠点に世界のゴルフを取材、講演などに飛び回る。

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